TBSラジオで放送されている『発信型ニュース・プロジェクト 荻上チキ・Session』という番組がある。自分はYouTubeで公開されているものをたまに聴くのだけれど、令和8年7月24日に公開された『【特集】やまゆり園事件から10年~荻上チキの取材報告』を聴いて、思う所があったので少し書いてみる。
まず、自分は社会福祉法人の職員で、今回テーマとして取り上げられている津久井やまゆり園と同じ『施設入所支援』という障害福祉サービスを提供している事業所の内情をある程度知っている立場にある。だから一般の視聴者よりも厳しい事を書かざるを得ない。荻上氏や番組スタッフの方には申し訳ないけれど。
まず、これは『取材』じゃない。
やまゆり園を訪ねました。職員から話を聞きました。園内行事を見学しました。事件から何が変わったのか、今どんな事に取り組んでいるのか聞きました。それについて番組内で感想を述べました。
だから?
津久井やまゆり園で植松聖が殺傷事件(相模原障害者施設殺傷事件)を起こしてから、特集のタイトルにもある通り10年になる。でも一般の人々がその10年のあいだ、障がい者福祉のあり方についてどれだけ真剣に考えてくれたのかといえば、大きな疑問がある。簡単に言えば他人事。自分の様に福祉を仕事にしているか、自分自身が障がい者か、家族が障がい者でもなければ、世間一般の人々にとって障がい者福祉なんてまったく関係ない問題であって、どれだけ放置しておこうが関係ないし関心もない。困りもしない。
そういう対象について取材に行く上で、事前取材も何もなく「行ってお話を伺って来ました」レベルの内容を放送する事を『取材』とは言わない。
事前取材をしっかりすれば(というか少し関心を持ってネットで検索すれば)津久井やまゆり園を運営する『社会福祉法人かながわ共同会』が事件以降も度々虐待事件を起こしている事くらいすぐに調べられる。
かながわ共同会が運営しているのは津久井やまゆり園だけじゃない。愛名やまゆり園、中井やまゆり園など、複数の施設があり、その中のいくつかの施設で虐待事件が津久井やまゆり園の事件後に発生、発覚している。
中井やまゆり園では令和7年2月12日に『トイレに向かおうとしている利用者に対し、尊厳を傷つける発言及び引きずる行為』があった。それ以前にも朝日新聞が『平手打ち、肛門にナット 障害者施設中井やまゆり園で虐待9件認定』と報じるなど、他施設の問題も何ら解決していない。
愛名やまゆり園でも同じく朝日新聞が『腹部殴る、自慰行為を強要… 神奈川県立障害者施設で「虐待日常化」』と報じたし、神奈川県から「指定の一部効力停止(3カ月)」の行政処分も受けた。
また神奈川新聞の報道によれば、虐待事件以外にも、虐待発生を受けて中井やまゆり園に入った外部の支援アドバイザーが、施設職員に対して「辞めちまえ」「何人殺せば気が済むのか」「(特定の)死刑囚と同じ」と職員に発言したことがパワハラと認定される等の問題があった。そうした問題や職員間の確執がどれだけ解消されたのか外からは分からないが、最終的に中井やまゆり園はかながわ共同会の手を離れて、新設された地方独立行政法人神奈川県立福祉機構によって運営される事になった。しかし、運営団体が変わる事で問題が解決に向かうのか、施設が生まれ変われるのかはまだ分からない。
以上、自分が数十分で書いた程度の内容について全く触れる事もなく、「あの事件から10年」の様な放送をする事を『取材』と言われる事に、自分は抵抗がある。だからこうして自分自身の時間を費やして長文を書いている。
許せないから。
片手間の様に、「事件から10年ですし一応触りました」程度の薄い言葉で福祉について語られる事が。
上記の内容を踏まえれば、虐待事件が植松聖の様な個人の異常性が原因で起きるものではない事くらいすぐに分かる。だって津久井やまゆり園は、毎年犠牲者の追悼式典を行っていて、何ならそれ以外にもかながわ共同会では『人権フォーラム』までやっているのに、それでも中井やまゆり園で虐待が起きたのが昨年(令和7年)の2月。これが個人の支援員の能力や資質や人権意識の欠如の問題だと言うなら、「毎年の追悼式典なんて何の意味もありませんでした。あれは津久井やまゆり園の話で、他施設の職員は全く気にしていません」と言っているに等しくなってしまう。そんな事が本当にあると思うか?
生活支援員個人の反省や努力や研修受講程度で問題が解決するなら、福祉の現場はこんなに苦労していない。問題は施設の中だけに存在している訳じゃない。例えば「入所施設は虐待が起きるから良くないんだ。障がい者はもっと地域移行して、家族と同居したりグループホーム(GH)などで暮らせる様になるべきだ」と言ってみたって、健常者の社会の本音が「障がい者と共生なんかしたくない。どこか人目につかない場所で隔離されていてほしい」だったらどうする?(そして実際それが健常者側の本音だろうと自分は思う)
また『親亡き後』の問題はどう解決する? 親から介護を引き継がされたり、もっと若い時からヤングケアラーとしての役目を背負わされる『きょうだい児』には誰が寄り添ってくれる? 強度行動障害を持っていて、自傷や他害が止まらず、大人の力で子どもの様に癇癪を起こして暴れる(素手で壁に穴を開けガラスを叩き割り、時には外に飛び出そうとする)家族を預けられる施設も見付からずに絶望する親だっている。そして実際に令和6年には『中井やまゆり園に入所できず、GHにも家族の入所を断られてしまった』事を理由に父が子を殺害するという事件が実際に起きてしまった。そして、入所施設の不足や、入所すら拒否されてしまう重度障がい者の存在を把握しているはずの政府は、それでも『施設入所支援の定員削減』を目標にしている。「障がい者本人の人権を守る」というのはその通りだとして、じゃあ入所施設が無ければ親兄弟が在宅で引き受けてどこまでも耐えろという話になるのか、それは本当に障がい者本人の人権が守られている状態だと言えるのか、具体的な対策は見えて来ない。
そうした負担は既存の入所施設にだってのしかかって来る。地域移行可能な障がい者を施設の外に送り出し、代わりにより重度の障がい者が入所してくれば、最後まで施設に残る障がい者は、そのほとんどが障害支援区分6(最重度)の障がい者ばかりになって行く。より多くの支援が必要な重度者で定員のほとんどが埋まれば、それを支援する側の生活支援員の負担は増し、虐待事件にもつながって行くし、その解決法が「もっと厳しく監査を行え」「職員に研修を受けさせろ」「資格要件を厳しくしろ」といった『支援施設や支援者個人に責任を押し付ける』ものになるのだとすれば、問題はより悪化して行くと自分は思う。
そして、こうしたSOSの声は、現在無視されている。
あらゆるメディアに。行政に。政府に。
「事件から10年ですね。最近どうですか?」じゃないんだよ。現場はあの事件から、そしてそれよりずっと前から苦しい状態で綱渡りして耐えているんだよ。自分が上でかながわ共同会について批判的な事を書いたのも、かながわ共同会で働いている生活支援員や、虐待を起こしてしまった個人や、パワハラを告発されたアドバイザーや、各施設の施設長を批判したくて書いた訳じゃない。毎年追悼式典をやっても、人権セミナーを開いても、数年おきに虐待事件が起きてしまうほど疲弊している現場を、誰が救けてくれるんですか?(それとも救けるつもりは無いんですか?)という事が言いたいから、厳しい事を言わざるを得なかっただけだ。
だから、『取材』をして下さい。
コメンテーター的なご感想やご意見や同情はいりません。『取材』をして、問題点を明らかにし、この問題に関わる人々がしかるべき解決策を見出す手助けをする事が必要なんです。と、こう書かなければ伝わらないだろうか?
お願いします。期待は、していません。