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ジークアクスを見たら、『考察』って何だかなぁと思った話

黒犬
·
公開:2025/5/25

 『機動戦士Gundam GQuuuuuuX』(以下ジークアクス)をやっと観た。今の時点では第7話『マチュのリベリオン』までが地上波放送されてて、自分はそれに追い付いたところ。

 昔の、若くて元気な頃の自分だったら毎回ちゃんと観て各話感想を書いたりしたのかもしれないけど、今はそんな余力がないのがちょっと残念。

 でも、思う事がある。個人的に言いたい事もある。全部書いたらきりがないからちょこっとだけ書くんだけど、『考察』をやってる人たちの一部って、何かすごい『窮屈』な事をやってるなぁって思う。

 端的に言うと個人の『感想』や『二次創作』は自由だけど、それを『考察』にした途端に『当たり外れ』のある話になっちゃうんだよね。それって窮屈な話じゃないですか。でも妙に流行ってるし需要もある気がしてる。YouTubeなんかには、わざわざその考察を動画にして上げてる人までいる。これって何だろね。

 自分はちょっとメンタルの浮き沈みがあってジークアクスをリアタイで追いかける事ができなかったせいで、SNSに流れてくるみんなの『感想』や『考察』や『ネタバレ』を副流煙的に浴びてから本編を観てるんだけど、そうすると「あれ? 事前に聞いてた内容と噛み合わなくない?」とか「こんな事本編で明示されてたっけ?」とか「こんな話だったっけ?」みたいな事が多発する。

 自分が疲れてて、物語の受け手、読み手としての能力が落ちてるっていうのはもちろんあるんだけど、そんな個人的な見落としの範囲を、最近の『考察』の広がりはちょっと超えてる気がしてる。

 で、それが「ああ、こんな深い読み方ができたんだ」「こんな視点があったんだ」みたいに『作品の楽しみ方が増す』方向に広がってるなら良いんだけど、まあ昨今のSNSの構造的に、それはそれはネガティブな方向にだって広まるし、そっちが悪目立ちするよねっていう問題があるわけだ。

 そんな事言ってないのに言った事にされる。

 そんな事実は無かった(少なくとも明示されてない)のにあった事にされる。

 『考察』そのものが悪いっていうより、その『考察』の元になってる情報が他人の考察だったり、それに対する反論だったりして、もう何が何やら分からない。そんな『考察』系の短文がSNS上でぐるぐる回ってるうちに、更に伝言ゲームになって、もう考察ですらない『何か』になってしまい、誰が言い始めたのかも定かでない『何か』に基づいて、キャラクターが叩かれたり制作陣が叩かれたりするのを見てると「それ、考察とか言わずに個人の感想としてチラシの裏にでも書いとけば良かったんじゃないですかね」となる。でもわかるよ、そうはならないって事は。自分のチラシの裏だってここ(ネット上)だし。

 で、情報の拡散能力だけは高いくせに短文しか書けない『X』だと上に書いた様なネガティブな反応が更に起こり易い気がしてる。自分が今書いてるこんな短文ですら『長い』って言われるのが今のSNSであって、そんな場所で他者に真意を読み取ってもらおうなんて、それこそ相手にニュータイプ能力を期待する様なものだ。無理。

 だからこれはもう自分の『感想』ベースの苦言で、読む人に正しく伝わるかどうかなんて保証もなく、書きたいから書くんだけど、『ジークアクスでは人の死が軽い』とか『キャラクターが使い捨てられている』とか感じてしまう人は、『考察』から離れて『二次創作』を始めてしまった方が幸せだと思う。二次創作なら「自分の作品では自分がこうだって決めたらこうなんだよ!」が通るし。

 そこには考察によって『正解』に至る、みたいなカタルシスは無いかもしれないけど、自分の中での「こうであって欲しかった」みたいな願いは叶えられるじゃない。他者にヘイトを向けなくても。それじゃいけないのかなって。

 そもそも全12話で走り抜ける予定のTVシリーズでは、マチュやニャアンやシュウジといったメインのキャラクターの話をやり切るのに全力を振り向けないといけないのは明らかで、「クランバトルとはいえ目の前で人が死んでるのに」とか「サイコガンダムがコロニー内で暴れたにしては、その被害(死者)に対する各キャラクターのリアクションが無さ過ぎる」っていうのは作品を構成する上でカメラが向いている方向と尺の短さに起因する問題な訳だよね。「そんなメタい読み方なんか知らん。映像として自分の目の前に出されたものが全てだ」っていう読みはそれはそれで正しいんだけど、『そういうガンダム』を期待する人が観たいものって『機動戦士ガンダム戦場写真集』とかで描写された様な細かいディティールだったりするんじゃないかなって思う。吹き飛ばされたモビルスーツの残骸がビルの間に挟まってて、何ならそれに押し潰されたらしい車なんかもあって、「そこには本当なら平和な暮らしが」とか「平和な街が一瞬にして悲劇に飲み込まれ」とか、そんなキャプションが付けられる様なディティールの話。それこそサイコガンダムがぶっ放したビーム兵器の流れ弾や、落下したリフレクタービットで顔も名前もあるキャラクターが何人か死んじゃって「お前がジークアクスなんかに乗らなければ」とか言われる鬱展開が始まるやつ。

 でもそれは「公式では出さないよ」(少なくとも今は)っていうのが現状なんだから、自分が欲するものがそこにないと思うんだったら、自分の創作で埋めて行くのが良いんじゃないのかなって。

 でも、『創作』は流行らないくせに『考察』が流行るのが今なんだろうなぁっていうのは本当に思う。それこそ『エヴァ』も考察が大量に出たけど、あの頃はそれなりに『創作』も元気だった気がしたんだけど。単に自分の中で考察が悪目立ちしてるのか、どうなのか。まあこの文章は結論もオチもなくここで終わりですが。

@kuroinu2501
あまり吠えない犬です。