私はベッドに横になっている祖父に話しかけた。祖父はタオルケットをかぶらず、しきりに脚を動かしていた。
「今日、地震あったのわかった?」
「地震か。わからねえ。大変だのう」
「眼、開くようになったな。元気になったんじゃないか」
「女の人が2人来て、ああだこうだしていくんだ。午前がんばれば、良い具合になるんだろうさ」
「そうなんだ。あっちの広いところには行ってるの?テレビは見てる?」
「テレビは見ないな。疲れてよ」
病室の窓は大きくて、そこから室内に午後の澄んだ陽光が差していた。祖父は小さい眼を少し開けて、こちらを見たり、あちらを見たりして、落ち着きがなかった。しきりに脚を動かしていて、たまに踏ん張って尻をあげていた。私の祖父譲りの小さな眼は、祖父のばたばた動く脚に向き、点滴の針が刺さっている細い腕に向き、その腕にある痛々しい赤黒い痣に向いた。
「手、あまり動かすと痛くなるんじゃないか。落ち着いてたほうがいいよ」
「そうだな」
「脚は動かして、運動して、また散歩できるようにならなきゃだめだよ。あっちの広いところに行くことはあるか?」
「あまりないな。ここはトイレがなくてよ。女の人が2人だか来て、用足していくんだ」
「そうなんだね。前に婆さんがここに来たの分かる?お父さんと」
「そうだな」
祖父の舌の上には米粒が数個残っていた。ご飯を食べれるようになったのかと思い、ご飯を食べたか尋ねたが、食べてないと答えた。点滴の内容を知らないが、もしかしたらやっぱり食べてなくて、点滴で栄養を摂っているのかもしれない。
祖父との会話は、通じているのか通じていないのか、定かではなかった。けど、ところどころ単語には反応して、思いつくことを話してくれているようだった。
あれこれ15分くらい話していたら、祖父が、
「それじゃあ、またな」と言った。
私はその瞬間、目頭が熱くなった。訪問というのは、帰り際を見失うものだ。別れの切り出しは、社会的で、知性的で、優しいものだ。祖父がもう面会を終わりたかったのだとしたら、それまでの私との会話は私への気遣いであり、祖父が私がもう帰りたいのだと思ったのだとしたら、それはやはり私への気遣いであると思った。
ここに書いたことはフィクションで、本当の会話はもっと支離滅裂なものだった。私も合理的な整合性のことを考えず、祖父に話を合わせるような、それらしいようなことを言うような、そんな感じだった。しかし、「またな」という言葉は、まぎれもなくその場に相応しい、人間的な投げかけだった。
私は「じゃあね」と言って、横になっている祖父の右手をつかんで握手した。手を振ると、祖父も寝たまま手を振った。
拘束具がカチャカチャと、ベッド柵にぶつかって音を響かせた。