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十月は憂鬱

巛
·
公開:2026/10/4

この時期になると毎年、精神的に不安定な状態が続き憂鬱な気持ちになります。秋季うつといった季節的な要因もありますが、もうひとつ個人的な原因もあります。10月はそのことで頭がぐるぐるになってしまうので、一度文字に書いてみるのも良いかもしれない、と思い書き込んでいます。でも私はネガティブな文章をTwitterのように流れてゆかない、すぐ読める場所に置いておくとウッとなることがあるので後で消すかもしれません。たぶん、消すと思います。でもとにかく書いてみます。

私の家庭の話をします。私が3歳の頃に両親は別居を始め、6歳のときに離婚しました。原因は父の家庭内暴力にあり、母は日常的に殴られ、骨を折られ、包丁を突きつけられていました。私の一番古い記憶は、私を腕に抱いた母に、父が包丁を突きつけているシーンです。次に古い記憶は、父が寝室のタンスや籐の棚を全て倒して、部屋中めちゃくちゃにしていたシーンです。棚には私や姉のおもちゃが入っていて、中でもとりわけお気に入りだった犬のぬいぐるみは、スイッチを入れると少し歩き、それからお座りをして「ワン ワワ ワン」と吠えるのです。棚から飛び出た衝撃でスイッチが入った犬は、めちゃくちゃの部屋の中で横倒しになったまま虚しく手足を動かし「ワン ワワ ワン」と鳴いていました。ちょっと詩的でウケますね。

離婚したあと、私と姉の親権は父が持ちました。昔は家庭内暴力に対して深刻さがあまりなく、殴られるようなことをした貴女(母)も悪いんじゃないのという具合だったようです。今はどうなのでしょうか、良くなっているといいなと思います。とにかく、なので、父に引き取られたあとも私たちは殴られ続けることになります。髪を掴んで家中引きまわしの刑にあうと、しばらく頭皮全体にたんこぶが出来たような痛みが出て、それがとても嫌でした。何度も「殺してやる」と言われ、キッチンに包丁を取りに行く父に泣きじゃくりながらすがりました。

「お前は犬や猫と同じ、口で言っても分からないから俺が躾けてやってるんだ」これは父が母や私たちに言った言葉です。現実でこんなことを言う人がいるんだ、事実は小説より奇なり!と思い、後に漫画の中で使いました。父は私の漫画を読んでいると思われますが、特になんの反応も無かったので自分が言ったことを忘れているのだと思います。父は記憶を改変するのが上手なので、そこは見習いたいところです。

さて高校を卒業したと同時に私は逃げるように家を出ました。それから時間はかなり飛んで、私がすっかり大人になった頃のことです。この時の私は印刷会社に勤めて数年が経っていました。印刷の仕事自体は楽しく、とても好きでした。ところがある時期から特定のスタッフ間の仲が険悪になりました。静かな争いに巻き込まれ、私のメンタルは少しずつ悪い方に向かいます。もともと子供の頃から睡眠を取るのが下手だった私は不眠の症状が出始めました。

体調不良が続くまま10月に突入したある日、父から一通のメールが届きます。こういった唐突な連絡や、合鍵で家に入られて郵便物を勝手に覗かれることはままありましたが、家を出てから殴られることはなくなったのでいつも適当にやり過ごしていました。その日はポエム調の、長くてダサくて改行の多い、読みにくいメールでした。これもまあ、たまに来ます(今でも)。メール自体は読んですぐ削除してしまったので、実際の文章はうろ覚えですが書き出しはこういったような内容でした。「今までごめんね」

えっ!?!?!?

ついに自分がやっていたことは、躾でもなんでもなく、ただ憂さ晴らしのような暴力だったと認めたんだ!と思いました。というかこの人って謝れたんだ……。そのまま読み進めます。

「お父さん達が離婚したせいで、まだ小さかったお前達にすごく寂しい思いをさせたよね。本当にごめんね。」

なんか流れ変わったな

バカ?と思いました。いや、私がバカなのか、一瞬でも期待しちゃって。父が自分のしていたことを虐待だと認めてくれたら、もしかしたら許せるかもって思っちゃって。離婚なんて、そんなのはどうでもいいんです。というかそもそも離婚原因は父で、そのあとの人生で痛みを与え続けたのも、「お母さんはお前のことなんか愛してないよ」と私に嘘を教え込もうとしたのも、ぜんぶ父です。

なんだか頭がめちゃくちゃになって、勝手に涙がたくさん出てきて、心ん中が嵐のようになりました。こんなことで?と思われるかもしれませんが、なんかそうなっちゃった。メールの受信欄に父の名前があるのが気持ち悪くて、今までのメールを全部消しました。いまだに父から送られてきたメールは返信をしたあと、すぐに削除してしまいます。それで結局、心療内科で職場のことだけを話し、適応障害と診断をされました。そのあと何度もぶり返すようにそれは起きて、職場や環境が変わっても、もう治らなくなってしまいました。姉の子供(私にとっての姪)が3歳になったとき、父がこんなことを言っていました。「子供は殴って躾けなあかん。痛みで覚えさせないとあかんのや。」

こいつなんも変わってね〜!!

私や姉を殴らなくなったのは、もはや私たちが身体的•金銭的に父の支配下になく、やり返される可能性もあるからというだけなのだと分かりました。それから10月になると、あのポエムメールと、上記のやり取りのことなどを思い出し鬱々とした気分になるのです。こういうわけで、私はすっかり10月が苦手になってしまいました。

丸くなって眠る猫

       −休憩− かわいい猫

父のことを(嫌でも)思い出すとき、愛とはなにかを考えます。私たちは父に愛されていたでしょうか?父の精神はいびつで整合性が無く、爆発するように湧き上がる怒りの感情は本人のコントロール下にありません。ですが、怒っているとき以外の優しくされた記憶もたくさんあるのです。苛烈な暴力を受けていた母でさえ、父は私たちのことを愛しているのは本当だと言います。この不均衡は長らく私を悩ませました。それで随分考えたあとに、こういう答えを出しました。「相手にとってどれほど確かな愛であっても、それを私が愛として受け取る義務はない」

愛のかたちは様々だと言う一方、真の愛なんていう言葉も使われます。なんかみんな、適当じゃない?じゃあ、まあ私だって、私にとって正解でないものを馬鹿正直に受け止めなくていいか。そう思うと、少し楽になりました。私のフォロワーの方は生育環境に苦しんでいる人が多い気がするので、こういうふうに一緒に適当にやっていくのはどうだろう?なんかこの人生とかいうやつ、坂道ばっかりみたいだから。

最後に10月の楽しいところも少し書きます。果物の中で特に梨と葡萄が好きなので、スーパーに並び出すと嬉しくなります。柿も好きです。少し焼いて、クリームチーズを乗っけて食べると美味しいのです。それと私は季節の中で一番冬が好きなので、少しずつ冬の気配が近づくのを感じるのも幸せです。

いつか、10月が自分の中で楽しい季節になるといいと思います。愛について答えが出せたように、考え続けて、いつか楽になるんだと思います。死ぬまでならないかもしれないけど。とにかくまだ、それまでは、毛布にくるまって丸くなっていよう。