『PERFORMOGRAPHY』あとがき

kyafu
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公開:2026/1/15

2025年の夏に「サンフェーデッド」を聴き、伴ってSTEP3やカードのコミュを読み、居ても立ってもいられなくなって、自分にできそうな最大限のことを考えた結果、それは「初コミケに申し込むこと」だった……。

サンフェーデッドのMVが公開されたとき、自分の見ている界隈では大きな衝撃が走っていた。色んな創作者が「自分も」と奮起したり、「篠澤広の制作がしたい」と言っているのを見た。

駆け出しイラストレーターの自分としては、頭と手を大いに動かしてファンアートを作ることができるし、それをしたいと思った。

素晴らしいものと出会ったとき、受け取ったものをそれをどうにか表現して誰かに伝えたいと思うが、それがキャラクターや物語に関係するものだったら、言葉にしようとするうちに「ええい、描いたほうが早い」となってしまうことが自分の場合ある。

そして、衝動的に途中まで描いた。

完成形を考えるうちに、「サンフェーデッド」のファンアートは紙に印刷されたものにしたいと思った。

烏滸がましいかもしれないが、いつか色褪せる、素晴らしいと思ってもらえるものを作ることに、自分もチャレンジしたいと思ったのであった……。

タイトル「PERFORMOGRAPHY」について

「perform」と「graphy」を繋げた造語で、自分の中での訳は「遂像記録」。

サンフェーデッドの歌詞の中で特にかっこいいと思うのは、最後の、「僕は~」から始まる宣言が怒濤に連なる部分で、

個人的には、「行為遂行的発話(performative)」をしている部分なのではないかと思ったので、そこから「perform」を引用している。

表紙の内容的に、たぶんアイドルらしい「パフォーマンス」の意味にほぼ取られるとは思う。それでもいい。

「perform」には「(困難な仕事などを)行う、実行する」という意味もあって、それもぴったりだと思った。

再生される音声が意味を獲得できる大きなことのひとつに言語があって、その限界のなかで精一杯偶像になろうと、生きようとしているように聞こえて、

意思とか覚悟がすごすぎて、

誠実で真摯で、

😭😭😭😭😭😭😭😭😭😭😭😭😭😭😭😭😭😭😭😭😭😭😭😭😭😭

↑聴くたびに毎回これにならざるを得ない。

これになり続けて、半年経って、本まで作ったが、未だに↑これになり続けている。

「graphy」は書かれたもの自体を表す言葉でもあり、書くという行為や方法を指すこともある言葉で、本自体だけでなく本を作ることにも個人的に意味を見出したかったから、そのようにした。

表紙について

サンフェーデッドの最後の歌詞がやはりキーなので、表紙のサンフェーデッド衣装の広は「僕は判断する」のポーズをしている。

表紙と裏表紙はCDのジャケットをイメージしていて、裏表紙に目次が書いているのは収録トラック風に見せたかったため。

表紙・裏表紙の絵は、遠目で見ると、篠澤広を知っている人にも一瞬わからないかもしれないくらい、視認性はあまりよろしくない絵になった。

コミケ初参加なのにこんな攻めた表紙にしちゃっていいのかと何度も己に問うたけど、これがしたかったのでそうした。

サンフェーデッドの歌詞で「睫毛」「髪留め」が広を表す記号として機能している(っぽい)のが好きで、そのうえで

それを排した姿だって描きうるし見たいんだぜという気持ちがあって、その部分をトリミングするという勇気の要るデザインにした。

紙に直に触れてほしかったから、PP加工も無しにした。

本文について

01.02.03.はSTEP1の親愛度コミュから。タイトルはセリフから引用。

04.と05.は「煌き」と「暗やみ」の個人的な解釈。Pや友達が見る姿とアイドルの姿。重要なのは煌きのなかでも暗やみの残滓を覚えていること。

06.07.はファンや友達に対する姿。

08.09.はサンフェーデッドへのリスペクトが強い。blenderでプロップを作ったり自分でくしゃくしゃにした紙をテクスチャにしたりを自分でもやってみたくてやった。09.はポスター絵というのもあり、04.05.のコンセプトを共有している部分がある。

10.は梟の絵をどうしても入れたくて無理やり追加した。(その結果奥付が表3に追い出された)

サンフェーデッドの歌詞は全時空・全次元の人が広を見つけるのを広自身が予期しているような、超越者のような感じがあって、そのような感じを本にも出したくて

表2・表3の絵は「あなたが触れるのを予期していた」ということを伝える絵になればいいと思って入れた。

今後のこと

コンセプトが明確にあった本だったけど、自分の実力でそれを生かせたかについては反省が多い。

自分はオリジナル主体の活動をしており、二次創作をメインにやっていくつもりはない。ただ2025年夏の学マスに本当に本当に頭灼かれてしまったので、オリジナルに集中するためにも一旦心を鎮めるために本を作ってみたかったというところもあった。(二次創作でコミケに出てみたかったが、タイミング的にも、本を作りたいと思うほどハマれるコンテンツがあるのも、今しかないかもしれないと思ったのもあった)

それでも、もっとこうできたとか、次はこうしたいというところが無限に出てくる。

2冊目のタイトルとか、内容とか、やってみたいこととか、装丁をデザイナーさんに頼んでみたらどうなるんだろう、とかたくさん考えている。

広さんとPは引き続きデンジャラスなことにチャレンジしようとしているので(本当に怖いです。いつもありがとうございます。サンフェーデッドのカードのコミュを読んでください)今後も見逃せません。また広さんの本を作るとしたら、今後のコミュや曲から今回に匹敵する衝撃を受けたらになるような気がする。

この本も2025年に生まれたひとつのささやかな媒体として、誰かのところで色褪せたら幸せだなと思います。

おまけ

ボツイラスト供養

ポスター及び09.候補だったもの。

サンフェーデッド特訓前のイラストに近すぎたのと、本のコンセプトをあまり発揮できてなかったためボツに

01.

状況が若干わかりづらかったのでボツに

02.

けっこう気に入ってはいたが、まだ椅子に座っていられる余裕があるな……と思ってしまったのでボツに

(採用のほうは、鏡を描くことで広から広自身へのまなざしという要素を入れられたのがよかった)

(この絵は難産すぎてここまで迷走した)

06.

ファンとの相互の視線や、心の動きがうまく描けていなかったと思い色々変えた。色も難しかった。採用版はだいぶ良くなったと思う。

07.初めてできた友達

全体像はこんな感じだったけど、正方形見開きにした場合のトリミングにかなり悩んでバストアップの絵になった。実際に本を見て、もうちょっと引きにしてもよかったかもと思った。