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20260921

kyri
·
公開:2026/9/21

blueskyの毎日が記念日フィードを見ていたら去年の今日は万博に行っていたようだった。そっか〜もう1年か、早いなあ。万博についてはとにかく広大すぎる敷地を歩いて歩いて歩き回り(2万歩)立ち寄ったショップでも人人人でモッシュが起こっていて死ぬ思いで会社の人たちへのお土産を買い、もう夕方になる頃にはくたくたに疲れ果てて心底からもう帰りたいと思った記憶しかもう残っていない。本当に大変な旅行だった。いい経験だったとは思うけど、1回行けばそれで良かったな。何回も行ってる人の気持ちは申し訳ないけどわからなかった……

今日も今日とて、とにかく寝ないとしんどい一日だった。朝起きてとりあえず朝食をとって、でも朝からくたくたなので10時頃まで二度寝して、それから起きて2時間ほど活動してまたくたくたになって2時間ほど昼寝して、という、連休じゃないと許されないような時間の使い方をしている。連休であったとしてもできれば避けたい時間の使い方だ。もう連休も三日目だというのに実りあることを何もしていない……全てが睡眠に持って行かれている……

しかしこれではだめだということで今日は許俐葳『不倫に関する、ちょっとした疑問』を読んだ。

 私はチャーリーの前で取り乱し、泣きわめき、怒鳴り散らした。でも私のなかのもう一人の自分は、まるで訓練されたように自分がすべきことを理解していた。私が彼の前で泣きわめいたのは、彼が私の気持ちを気にかけてくれないからだ。でも一方で、この胎児(もしいるなら)を残しておくわけにはいかないということも、よくわかっていた。誰かを好きになると、その人の子どもが欲しくなる——そんな気持ちはたしかにある。でも子どもを産み育てて母親になるというイメージは、私の思い描く人生には登場したことがなかった。それに、自分が男性の前で泣きじゃくり、あなたと結婚してあなたの子どもを産みたい、なんて喚く日が来ることも想像していなかった。すべてが非現実的だった。

 私は舞台にあがった役者のように、熱心に役を演じた。でも本当は、ヘンリーと寝たと嘘をついたのと同じで、ただチャーリーを傷つけたいだけなのだ。私が感じている苦しみの十分の一、いや百分の一でもいいから、彼にも苦しみを味わわせてやりたい。そう、私は彼を苦しめたいのだ。自分の子宮を使って彼を脅し、この存在しない胎児を産み、彼を緊張と不安に陥れ、毎晩不眠に苦しむようにしてやりたい。

 濱口竜介の映画の「好きな人を傷つけることしかできない」というセリフじゃないけれど、この関係において、私はやすやすと降伏はしない。

許俐葳『不倫に関する、ちょっとした疑問』中央公論新社 pp.145-146.

読んでいて、これはあまりに私がいる世界とは遠いところの出来事だ、と思うと同時に、いやでもこの感情は何だか知っているような気もする、という気持ちにもなる小説だった。フェミニストの主人公が自分の不倫(凡庸な不倫)のドツボにハマっていく過程が克明すぎて、フェミニストを自認していた彼女がフェミニズムが聞いて呆れるような感情に溺れ、独占欲も結婚願望もなかったはずなのにと自分で自分に愕然とし、傷ついて傷ついて、崩壊していくのを読むのは非常にしんどかった。だけどこれは「凡庸な不倫」なのだ。落ち目の映画監督(既婚者)とそういうことになってしまう、と言葉にしてみればたったそれだけの、どこにでもあるかどうかはわからないけど別に珍しくはないのであろう不倫なのだ。だけど、その珍しくはない不倫の只中にある女性の中にはここまでたくさんの感情がある。読んでいて、もはやそれは恋愛とかそういった類のものではないのでは? とも思ったけれど私の中に恋愛のカードが少なすぎるので下手なことは言えない。でも高瀬隼子の帯文「恋以外にするべきことがたくさんある。」には完全に同意。この帯文は「でも、「私」を粉々にする引力がここにある。」と続くのだとしても、恋以外にするべきことはたくさんある。「あたしにはあなたより大事なものがある」(C7 / GO!GO!7188)

私だけを見てほしい、私だけを愛してほしいっていう感情が今の私になさすぎて、そういう感情を剥き出しにする人を見るとちょっと辟易してしまう。愛への渇望が全然ないから、そういう欲望の出どころがわからなさすぎて怖いというか。もちろん、手に入れようと思うならそのぶん強く望まないといけないし、どうしても手に入れたいのならその感情は叶えるための莫大なエネルギーとなるだろう。だけど、私にはないというだけの話。恋愛も10代〜20代の数回の恋愛でもういいやって思ったし、30代になって今から恋愛しようともあんまり思わない。そう思えるのは、私がすごく愛されて、守られて育った子供だったからで、子供の頃に十分すぎるほどの愛を与えてもらったからで、だから大人になっても、愛を入れておくコップがあるとするならそれはずっと満たされている。だから恋愛する必要がないのかといえば別にそういうわけでもないのだろうけど、でも、やっぱり、いらないんだよなあ〜愛は足りてるので……

でも、そういう強い感情を持っていた方が、面白いものを書けるんだろうなっていう実感もある。そりゃあ私だって上手い文章を、面白い文章を書きたいけれど、どう書くかよりも何を書くかという話で、真綿みたいな感情しか持ってなかったらそもそも書くべきことがない。昨日日記に書いた怒りという感情のありかにしろ、私はもうちょっと感情を動かして日々を送ることを考えた方がいいのかも。ないものをどうやって生み出すかという問題は、あるけど……それにまあ、感情は何も怒りとか渇望とかそういうものだけじゃないからね……と、自分に言い聞かせることにする……

@kyri
週末日記