一昨日のコストコパーティーは二次会にカラオケに行って解散する頃には午前1時になっており、疲れ果てて昨日はまじで一日中寝ていた。親戚たちが元気すぎる。いちばん体力がないのは私なんでは……と思うくらいに親戚たちが元気。だけど仲がいいのは良いことだ。だけど、あまりに仲が良いから、たとえば私の弟なんかは離脱していったのだろうなとも思う。3月くらいの日記で私が弟と絶縁していることは書いたけれど、彼は私だけじゃなく親とも親戚ともほぼ絶縁状態だ。親戚たちとのこの仲の良さが、きっと新しい人間関係の中で生きようとすると枷になるのだろうということはなんとなく分かる。多分、弟もこの関係を煩わしく思って離れていったのだろう。だけどたとえばカラオケで、従姉妹たちがふたりで仲良く話しているのを見ると切なくなる。私にも弟、いたんだけどな。
昨日を一日中寝てしまったので、今日は朝から図書館へ行く。読書をするもののなんとなく気が乗らなくて、手帳に日記じみたことをつらつらと書き留めながらスマホでメールをチェックしてみると、デザイナーさんから表紙デザイン案が送られてきていてびっくりする。〆切のことを考えたらまだ来ないだろうと思っていたので。だけど作成してもらったデザイン案、どれもそれぞれいいところがあって、ここからひとつを選ぶなんて! と嬉しい悲鳴をあげたくなる。完成がとても楽しみ。表紙デザインが決まったら今度は部数アンケートかあ……と思うものの、しょうみなところ、アンケートとってもあんまり当てにならないよね……と思ったりもする。でもやる。ところでしょうみって関西弁ですか?
日記以外の創作を最近はなにもやってなくて、思ったとおりこれで二次創作からは距離ができていくんだろうな……と思っていたのだけど、どうやらまだ書きたいものがあるみたいで、手帳にメモを取っている。もう少し時間をかけたら書けそうな気がしてる。自分が書きたいものしか書けないので、新しく書けたとしても自分以外のすべての人を置いてけぼりにするんだろうなという予感だけはある。今までずっとそう。だけど、それでも読んでくれる人、感想を寄せてくれる人がいるので、私は本当に恵まれているんだなと思う。今のジャンルは規模が大きいので、どんなお話を書いても受け止めてもらえるようなおおらかさもまたあるような気がしている。私は知り合いが少ないので居心地がいいかどうかはよく分からないのだけど、でも、ここにいてよかったなと思うことはたくさんある。
THREEで日焼け止めと下地とファンデーションが3in1になった優れものクリームを買った。ズボラ&ズボラ&ズボラな私のためにあるようなものだ。これで、もはやいつ買ったのかも記憶にないshu uemuraの使いかけファンデを心置きなく捨てることができる。化粧品についてはwaveboxでNARSのライトリフレクティングファンデをおすすめしていただいたことがあって、今度ファンデを買うときはNARSにするぞ〜! と思っていたのだけど、私の地元には、NARSが、ない! オンラインショップで買ってもいいのだけどファンデなので、色を試せないのはさすがにちょっと怖い。東京か大阪に遠出する機会があればついでに百貨店に寄って覗いてみようかな。とりあえず、いつかは絶対、NARSのファンデを試してみたいと思ってます。
今日の帰路を歩いていたら道端に雀の死骸が落ちていて、びっくりして真横に飛び跳ねそうになった。そして、遥か昔、小学生だったとき、同じように帰路を歩いていて小鳥の死骸に出くわしたことがあって、そのときは、素手でそっと拾って家まで持って帰ったことを思い出した。出迎えてくれた祖母が私の手の中にいる小鳥に悲鳴をあげた。だけどあのときは、祖母がなぜあんなに死骸を怖がったのか理解できなかった。それが、こうして大人になって、きれいに、祖母の側に立つ人間になった。
大学にいたとき、文化人類学か何だかの授業で、タブーという概念について教わった。あまり覚えていないけれど、大人になるにつれて物事や概念はどんどん分節化されていって、その、文節と文節の間に沈み込んだものがタブーとなっていくのだと。反対に子供は物事の揺らぎを揺らぎのまま受け止める力があって、だからこそ大人よりもタブーの数は少ないのだと。動物や人間の死というものも、死骸や死体というものも、子供はきっと、大人の私よりも自然に、ただそこにあるものとして受け止めることができるのだろう。大人になるにつれ、死は「隠されるべきもの」になっていく。忌むべきもの、おそろしいもの、もしかすると、汚いもの、そんな印象がくっついていく。大人になった私は雀の死骸を怖いと思う。私の中で物事はどんどん細分化されて、その点と点の間の闇は恐ろしく深いものになってしまった。それを悪いことだとは思わないけれど、だけどほんの子供だった、ほんの少女だった私はもう永遠に行ってしまったのだと、そう思うとちょっと切なくなったのだった。