朝起きて、とりあえず久しぶりに図書館に行くかなあと早めに出かける。雨は降らなくて、そこまで日差しもなくて、富山マラソンはいいマラソン日和かもしれないなあと思いながら駅までの道を歩く。図書館ではハン・ガン『私の女の実』から「赤い花の中で」までを読んだ。一篇ずつゆっくり読もうと思っているけどさすがにゆっくりすぎかもしれない。読書アプリReadsでカレンダーに本の書影を埋め込めるウィジェットが良くて、ついいろんな本を読んでしまう。11時くらいでお腹が空いたのでいつも行ってるカフェに行って、初めてのホットサンドを食べた。ツナサンドにマスタードが入ってるのってあんまり食べたことない(というか初めて食べた)けど意外に合うかもしれないな。あとカフェラテはいつも通り美味しいです。

カフェを出て、久しぶりに街の古本屋さんに行ってみたら、なんかあれもこれも読んだことある本がいっぱいあるな……と思ったけどどうやら私が売った本のようだった。並べていただいてありがとうございます。わ〜あれもこれも好きな本! みたいに買い直してしまいそうになったけどそれでは売った意味がない。昨日『積読の流儀』を読んで私もまだまだどんどこ本を買おうと思ったところだったけど、こんな風に元自分の本たちが好きな古本屋さんの本棚に並べられているのを見ると嬉しくてまた引き取ってもらおうと思ったのだった。

パレスチナ映画祭2026 in Toyamaに行ってきました。
家で購読している地方紙に実施案内が載っていて、へえ〜そんな催しがあるんだ、行きたいかも! と思ったけどその記事を読んだときはちょうど風邪をひいていて、うーん行きたいけど、身体がしんどいなあ……と思っていた。でも今週に入って快方に向かったので一昨日くらいに予約した。どんな人が来るのかなあ……とどきどきしながら会場に向かったら、部屋はほとんど満席状態で、開場時間をちょっと過ぎただけだったけど端っこくらいしか座るところがなかった。思った通り、年配の人が多いなあと思ったけどちらほら大学生っぽいような若い人もいた。
今回の映画祭は『採集する人々』『花は静かに証言する』『ボイコット』の3本立てで、私は時間の都合で『ボイコット』を観ずに途中抜けさせてもらったのだけど、『花は静かに証言する』が印象深かった。17分くらいの短い映画だったけど、イギリス占領下のパレスチナでスコットランドの宣教師が撮ったサイレントカラーフィルムを編集して作られた映像で、花を摘んだり花と戯れたりするイギリスの人たちの画面の端っこをふとパレスチナのアラブ人が横切っていったり、普通に生活していたりする様子が短くも残っていて、この人たちは度重なる占領の中でも確かに生きていたんだよなあと思ったりした。まずスコットランドの宣教師が撮った映像というところからしてめちゃくちゃ暴力的な映像じゃないか(映像の内容は美しい花々や人々の笑顔が映っているものだったとしても、そう思うならイギリス人の人たちが無邪気に笑っているのもグロテスク)という感じで(神が神を制圧しようとしているよね)映像の中の字幕にもあったように、アラブ人の姿は映ってはいるけど時間にしてみるとものすごく短かったり、結局はすみっこの存在だったりして、このときからすでに追いやられた存在だったのかと思うと胸が痛む。だけど、その場所には確かにアラブの人たちが住んでいたこと、生活していたこと、生きていたことを証言するのは、物言わずとも美しいこの花々なのだ。だけど、美しい花々がそれを知っていたところで、とも思ってしまう。花は人によって摘まれてしまう。
参加者の人たちの中に共同通信でイスラエルに駐在されていた方がいて、その方の解説を聞けたのがとても良かった。『採集する人々』は今戦争が起こっているヨルダン川西岸やガザとかではなく、イスラエルの中に住んでいるアラブの人たちを追った映像で、イスラエルに住んでいるからこそこの人たちはヘブライ語を話しているということも解説を聞かないとわからなかった。『花は静かに証言する』についても、すみっこに映し出された当時のアラブの人たちの生活の様子に、今のアラブの人たちはきっと「そう、私たちはかつてこうだった」と思うだろうし、イスラエルの人たちは逆に鼻で笑うだろうっていうお話も、そういう視点はなかった。この方の解説を聞けただけでも、行った甲斐はあった。
地方都市に住んでると、都会と違ってパレスチナのことを頭に置いてる人なんてどこにもいないんじゃないかという気がしてくるけど、そんなことはないのだった。このパレスチナ映画祭は全国各地で実施されていて、富山にも、これをやろうって思った人がいたということに強く励まされる。そして、それを観に来た人がこんなにたくさんいたってことも。地方だからといって無力というわけではない。4月に初めてスタンディングに行ったときもそうだったけど、この街にも、私が思っている以上に同じ考えを持った人たちはいるのだった。