しずかなインターネット

日記やエッセイにちょうどいい
文章書き散らしサービス

ログイン

20260802

kyri
·
公開:2026/8/2

今日は早起きして『トイ・ストーリー5』を観に行きました。以下ネタバレというほどでもないけど一応ネタバレということで。

実は4を観ていないし、それを言い出すとシリーズ通してほぼ全部忘れてるので大丈夫かなとも思ったんだけど、何も問題なく観れた。普通に楽しんで帰ってきました。やっぱりピクサーの映画はよくできてるなあという感じ。

おもちゃもデバイスも立てなきゃならないとなったときに、まあ順当な着地だなと思った。デバイスは悪だ! という話にするのは簡単だろうけど、それをやっちゃうともう今時通用しないだろうし。デバイスにも第一世代、第二世代があって、それらも持ち主の成長とともにおもちゃと同じように引き出しにしまわれてしまうというのがよかった。デバイス側も一枚岩ではないというか。リリーパッドにハマっていくボニーを見るのは辛かったけど、あれはボニーにも辛い時間だっただろうな。早朝からデバイスに繋いでゲームに参加しないと他の子たちの話題に入れなくなって置いてかれてしまうとか、私が子供だったときは当たり前だけどデバイスなんてものはなくて、せいぜいテレビであれ見た? みたいな話がついていけなかったらなんとなく居心地が悪いとかその程度のことだったので、学校を離れても四六時中気を遣ってなきゃならない、気を張ってなきゃならない2026年は確かに過酷だ。しかもそれをやっているのは子供っていうところにも地獄みを感じる。そして、こういう感想を持つってこと自体私が歳をとったということでもある。つら〜。

リリーパッドみたいなデバイスが登場してしまった以上、おもちゃが巻き返して世間の覇権を取り返すなんてことはもう不可能だろうし、おもちゃ遊びはこれからどんどん前時代的なものになっていくであろう中で、そのおもちゃたちが主役であるトイ・ストーリーはいわばそのデバイスの波にうまく乗れなかった子たちのための物語になっていくことは避けられないだろうと思う。デバイス遊びに向いてる子、向いてない子がいるように、おもちゃ遊びにもその素養がある子とない子がいて、どっちがどうとかそこに優劣はない。デバイスの波に乗れなかったからといってその子が不幸かといえば別にそういうわけでもなく、デバイスに覇権を奪われたおもちゃたちがかわいそうなのかといっても別にそういうわけでもなく、「必要なときに間違いなくその子のそばにいてあげる」というのがたどり着いたおもちゃの矜持であるなら、それを達成するのにデバイスの有無はあんまり関係がなく、達成できたならいつの時代もそのおもちゃは100点だ。ジェシーの歴史が世代を超えて繋がっていった展開にはグッときた。

でもハイテク版のバズ・ライトイヤーが発売されているところからしてもおもちゃの未来はそこまで悲観的じゃなくてもいいというか、まだ将来性があると思われてるんじゃないだろうか。これからデバイスがどれだけ広がっていったとしても、デバイスがおもちゃに完全に取って代わることはないんじゃないかな。あと同じ部屋にいてもみんなデバイスやってて誰も相手の顔見てないじゃん! 一緒にいる意味ないじゃん! と言われてたけど、それを言い出したら私が子供の頃も同じ部屋に集まって各々漫画読んだり絵を描いたり昼寝したり別々のことをしてて、大人たちに一緒に遊ぶ意味ないじゃんと言われていたので、今更感はある気がした。30年前からそうですよ。

個人的には3の結末がすごく綺麗に着地して、もうトイ・ストーリーという物語はこれでいいじゃんと思っていたのだけど、そこにおもちゃがある限り、このシリーズは続いていくのかもしれないな。ウッディとバズをあと何回見れるのかなー、いつまでも唐沢寿明と所ジョージの声で聞きたいね。でもシリーズをほとんど忘れてたからバズがジェシーに片想いしてることも忘れてた。そうだったっけ? あとトイ・ストーリーといえばエンドロールのNG集が好きだったんだけどあれももうないんだな……えっなんかすごい昔はよかった的なおばさんみたいなこと言ってる……?!


帰ってきてからちょっとだけ短編の作業。といってもメイン二人の名前と設定をなんとなく決めただけ。来週から書き始めるのを目指す。今月は夏期休暇もあるからやれるはずだ。あとmacにwordを入れました。これで組版もできる! 準備はどんどんやっていこう。しかしポラリスを再版するかどうかはまだ答えが出ない。誰か相談に乗ってくれ〜〜〜〜!

@kyri
週末日記