昨日の日記を書いて、PCを閉じて、さあ寝るかというときにスマホを見たらめちゃめちゃ懐かしい人から連絡が入っており、明日の富山マラソンに出走するからよければ月曜日にお昼ごはんでも食べないかというお誘いだった。嬉しすぎる!! めちゃめちゃ懐かしい人というのは私の大阪本社勤務時代にめちゃめちゃ仲が良かった上司のことである。秒でOKの返信をして、今日お店を決めて予約した。ゆっくりしゃべりたいから月曜日は出勤だけれども時間休を使う予定である。本当に懐かしい。会うのはおそらく7年ぶりとかである。先週も大阪本社時代の同期に10年ぶりに再会したところだったのだけど、なんだか懐かしい人に再会できる星回りが来ている。やっぱり地元に引っ込んでしまうと大阪本社時代の人たちとはなかなか再会する機会がない。とっても嬉しい。でも7年ぶりに再会して一体何を話すんだろう。ちょっと面白くなってきた。
今日は朝から従妹のお店に行って髪を切ってもらう。いつもと変わらず1ヶ月ぶりに訪ねているはずなのに、先月髪を切ってもらったのが遥か遠い昔のように思えた。あれから私はJ庭を経て、仕事イベント3つを経て、そして風邪を経た。改めて10月は果てしなかった。もう10月も終わるね、あと2ヶ月で今年も終わるね……という話をする。怖すぎる。私、今年何やってたっけ??? いや、小説を書いたし独検受けたし旅行にも行ったし仕事も頑張ってるし何もやってないことはない。何もやってないことはないが、時間の流れが爆速すぎる。こうして歳ばっかり取っていくんやで……という話に恐怖が止まらない。だけど、ここまで来たならあとは2026年を最後まで悔いなく駆け抜けていきましょう。それから電車に乗って、サイゼでお昼ごはん、眉サロンに行って眉をぴかぴかにしてもらう。今日担当してくださった方は初めての方で、大丈夫かな……と内心心配していたのだけどすごく綺麗にしてもらえてハッピー。それから映画でも観にいこうかな? 最近SNSの人たちがみんなバイオハザード観に行っててじわじわ気になってきたんだよなあ……と思いつつ、ちょうどいい時間帯の回がない。天気も悪くなってきたし、しょうがないので駅前に留まることにする。駅は人でごった返していて、なんだろう? と思ったけれど、きっと明日富山マラソンを走る人たちでごった返していたのだと思う。タリーズで隣に座った人も富山マラソンマップを見ていた。それにしてもタリーズのココアラテは目を剥いてしまうほどに甘くてあれはもう注文しないでおこうと思う。
(中略)蔵書は意識の拡張である。精神の成長である。蔵書は多ければ多いほどよい。蔵書の成長が止まったとき、人の成長も止まると云っても過言ではあるまい。だから、多いほどいいといっても、それは蔵書量の競争ではないのだ。昨日の自分よりも大きくなることに意味があるのであって、他者と競う意味はない。蔵書内のネットワークを広げ、拡張された意識で世界を眺めよう。
読まない本が増えることに対する罪悪感から自らを解き放とう。そうすれば、明るく生き、楽しく本を買えるようになる。人生が変わる。蔵書を処分して書棚の空き容量を増やしたところで人生はときめかないし視野は広がらないし知識は増えない。書棚が軽くなるだけである。
中野善夫『積読の流儀』pp.51-52.
積読がやばいと思い始めて幾星霜が経つが、この本を読むと私の積読などまだまだだという気がしてくる。まず私の積読はまだ天まで積み上がっていない。無限に広がる電子空間にある本も巻が嵩張る漫画くらいしかない。私などまだまだ積読のひよっこだ。そう思わせてくれるこの本は素晴らしいと思う。積読をしている私のことを誰かに肯定してほしいと思って読み始めたけれどこれを読んだら自己肯定感が爆上がり。まずのっけからこんまりさんディスりから始まるところが大変に良い(こんまりさんには何の恨みもない)。10年前に買った本を10年後に読んだっていいじゃないか。本は逃げない。私が処分しない限り永遠にそこにある。しかしこれだと思ったときに買ってしまわないと本はいとも簡単に絶版になる。それならやっぱり本を買うべきだ。私も天に届くまで本を積み上げたい。意識と世界を拡張させたい。その前に床が抜けるか。まだ1/4くらいしか読んでないけど、ただただ愉快な人だという印象だ。