今日は久しぶりに苦情の電話を取ってしまって5分くらいこんこんと相手の話を聞いてしまった。そういうときはすぐ上司に代わったらいいんだよ! と周りの人たちは言ってくれるのだけど私はいつも代わるタイミングを見失って延々と話を聞いてしまう。この間は激怒した男性から電話がかかってきて、担当者を出せと言われたのだけとちょうどその担当者が誰もいなかったために私が男性の怒りを一身に浴びることになり、あのときは15分くらい同じ話を延々と聞いていたのかな? とにかく耳元で延々と怒鳴り散らされて大変だった。私の職場にはたまにこうして苦情の電話がかかってくる。電話を取るのは基本的に私の仕事なので私がババを引く可能性が一番高い。だけど、ただ怒ってるだけの人の電話は同じ話を延々を繰り返すだけなので、言うだけ言ったらスッキリして電話をガチャ切りしてくれることもある。私も私で結構慣れたので、昔と比べてあんまり心が動かなくなった。何事も慣れである。また関心領域みたいなこと言ってる。
わたしにとって、面目は生きるか死ぬかの問題にまさる。生死などよりはるかに重要だ。ゾンダーどもは、どう見ても、別のものにしがみついている。面目などは捨て去り、獣の、もっと言えば無機物の欲望を持ちつづけている。”生存”は惰性であり、やつらは惰性を断ち切ることができないのだ。ああ、やつらがいっぱしの男なら——わたしがあの立場ならきっと……いや待て。自分は自分でしかないのでは? ここKLで言われていることはほんとうだ。だれもおのれ自身をわかってなどいない。自分がどういう人間かわからない? それなら重要区域に来れば、おのずとわかる。
マーティン・エイミス『関心領域』p.111
先日から『関心領域』の原作を読んでいる。これはこれ、という気がする。映画が「家」という物理的・可視的「関心領域」を作り上げたのだとすれば、「the zone of interest」とはもともと「ポーランド・オシフィエンチム市の一地区と付近の村の住民を追放したのちに設けられた40平方キロメートル以上に及ぶ親衛隊管理区域」のことを指していて、原作の舞台もそこだ。そして、原作はもっと群像劇で、もっと心理的「関心領域」を書いている。みんな自分の関心ごとしか喋らない。二重の「関心領域」が出来上がっている。
ちなみに上に引用した文の中にある「ゾンダー」とは「ゾンダーコマンド」の略で、特別な仕事を与えられたユダヤ人囚人のことだ。
絶滅収容所は、親衛隊が中心となって運営されていたが、その末端で働かされていたのは、収容されたユダヤ人のなかから選ばれたユダヤ人特別労務班員だった。このユダヤ人特別労務班員(「ゾンダーコマンド」。行動部隊(アインザッツグルッペン)の下部単位の「特別行動隊」(ゾンダーコマンド」と同じドイツ語)、ユダヤ人のガス殺が円滑に行われるよう巧みに誘導し、ガス殺後の遺体の片づけ処理を迅速に行うことを強制されていた。彼らもまた不必要になれば抹殺された。戦後、生き延びたとしても、ナチ親衛隊側の協力者としての烙印を捺され、隠れるように暮らすことになる。
芝健介『ホロコースト』中公新書 p.220
なんでこんな本を持っているのかと言えば私がもともと題材としてホロコースト、戦跡としての強制収容所に強く惹かれ続けてきたからで、一時期その類の新書や学術書をたくさん読んでいたからだ。ここで嗜好と倫理の板挟みになるわけだけど、動機は不純であれこの未曾有の人道危機について学ぶことは意義あることだと自分にずっと言い聞かせている。おかげで私の本棚にはホロコーストやナチスドイツについて書かれた新書がたくさんある。どういう趣味をしてるんだ? と言われそうな本棚だ……。
そして昔同じくらいに熱中していたのがハンナ・アーレントだった。
アーレントは、屍体製造工場のような収容所を、組織的に秩序立てて運用することが可能であったのは、人間を「人格」を持った存在としてではなく、製造工程に載せられている単なる物として扱い、その物が最終的にどうなろうと良心の呵責など覚えることのないメンタリティが、全体主義支配を通して形成されていたからだと示唆する。生身の人間を、工場のベルトコンベヤーに載せられている商品のように、淡々と流れ作業的に扱うことができるということは、扱う側自身も、機械の部品のようになってしまい、自らの頭で考え、判断しなくなっていることを含意している。その意味で、収容所は、人々の「人格」の個別性を破壊・抹消し、守備一貫した世界観によって支えられるシステムの一部にしてしまう全体主義の特徴を凝縮している、と言える。
仲正昌樹『今こそアーレントを読み直す』講談社現代新書 p.61.
ただしアーレントの著作に挑もうと思ったら5分で舟を漕いでしまうのでもっぱら新書の解説ばかり読んでいた。ホロコースト関連の本と同じくらいアーレントの入門書がたくさんある。そして私がアーレントに興味を持つきっかけになった映画『ハンナ・アーレント』はまじの名作だと思うので皆さん観てください。見事に感化されて『イェルサレムのアイヒマン』も買ったのだけど、如何せん5分で眠くなるので全然読めておらず、本棚の飾りにしかなっていないのだけど……。でももしも大学に入り直してもう一回卒論を書けと言われたら、過去に書いた卒論の研究の続きをやるのもいいけれど、アーレントについて一度頑張ってちゃんと調べて卒論にしたい気持ちもある。もう一度言いますが、映画『ハンナ・アーレント』はまじの名作だと思うので皆さん観てください。ラストの講義シーンが圧巻すぎて、あのシーンだけでもこの映画を見る価値がある。