待ちに待った代休の日。いつも通りに起きて朝ごはんを食べて朝ドラをなんとなく見てまた部屋に戻って寝て、次に起きたら11時。それからちょっと本を読んでお昼ごはんを食べて寝て、起きて本を読んで、また寝て、という、そう、私はこの一ヶ月、こういう休日を心待ちにしていた!!! 寝たいときにたくさん寝て、読みたくなったら本を読んでのんびり過ごす、そうだよ、私が求めていたのはこういう時間……。風邪の方も、ようやくちょっと咳がおさまってきて、家の中でもマスクをしなくて大丈夫になった。ゆっくりではあるけれど確実に回復しているのを感じる。よかった〜〜風邪ひいてるときって治る気がしないというか治りたいけど治るまでの道のりが遠くて気が遠くなったりするけどいつかは必ず治るもの。来週には元気になれるかな? 明日も雨だけど、1ヶ月ぶりに髪を切りに行くし、ちょっとずつでも平穏を取り戻していくのだ。昨日の日記に感想レターを投函してくださった方、ありがとうございました!

穏やかな風のある日は、スノードームのようにふわぁっと下から舞いあがりながら降る。さらさらの粉雪だからだ。突風がふくと、屋根のうえの雪が砂埃のように飛ぶ。最高気温がマイナス一五度くらいの日には、よくダイヤモンド・ダストが見えた。
ひとつひとつの雪のかたちは刻々と変わる。松の葉のような欠片がひとしきり降ったあと、急に工芸品のような結晶が窓枠にはらはらと落ちてくることもあった。
マイナス二〇度を下回ると、不気味な細長い雲がひとすじ出現して、雪も降らなくなる。空が微動だにしないそんな日がつづいたあとは、朝起きて窓のむこうに白いものがちらちら舞っていると、「きょうはそこまで寒くなさそうだな」とほっとした。
井奥陽子『青のモスクワ ウクライナ侵攻下の日々』p.37.
寒いところに住む、住んだ人のエッセイを読むと、やっぱり気にしてしまうというか目を惹かれるのはその寒さとか、雪の描写だなと思う。私の町も冬になればまあまあ寒いけど、学生時代に1年住んだオーストリアの街も平気でマイナス15度とかになっていたし、この人が住んだモスクワにも私の町は遠く及ばないだろう。(だけど私はオーストリアの街ではダイヤモンドダストは見なかった。唯一見たことがあるのは学生時代に4年間住んだ神戸でだった)マイナス20度を下回ると雪も降らなくなるなんて知らなかった。そういえば私が大好きだった『シャーマンキング』にも北国出身のシャーマンチームがいて、あの人たちも「俺たちの故郷はマイナス30度を下回る」って言ってたな。懐かしいことを思い出してしまった。
主語の小さな語りは読んでいて安心するというか、誠実だと感じる。ロシアとか、ウクライナとか、そういう主語の大きな言葉で語られては取りこぼされてしまう足元のささやかさこそを読みたいと思う。ウクライナ侵攻下で、ロシアの人たちがみんな悪魔なのかといえばそういうわけでもなく、そこには人と人とのつながりや付き合いがあって、嬉しいことがあれば喜んで、悲しいことがあれば悲しむ、私と変わらない人たちがそこにいる。(だけどやっぱり戦争をしている、戦争を容認しているという点では(言論統制が行われているとはいえ)それは見せかけの穏やかさではないのかと思ってしまうのは避け難い)だけど、モスクワにいて、そこにはウクライナ出身の人やベラルーシ出身の人が普通に存在していて普通に生活していることを私も思い至らなかった。戦争は国と国との争いだけど、市井の人たちにはもっとグラデーションがあって、一言に、整理することはできない。
そう、人にはグラデーションがある。私はなんとなくリベラル寄りの人間だと自分で思っているけれど、だけどエネルギー政策については基本的に自民党寄りの考えをしている。リベラルの人が言っていることはそれはさすがに絵空事だろうと思うときもたまにある。だけどそういうことを言うと、リベラルの人には私という人間が悪魔かなんかに見えたりするんだろうかと、ちょっと気が塞ぐ。これは私の気の持ちようなのかもしれないけど、リベラルの人は自分と主義を異にする人のことを悪魔かなんかだと思ってそう(に見える)ところがちょっと苦手だ。ちょっとでもあの人たちが思う「間違ったこと」を言うと途端にものすごく糾弾されそうな感じがする。碇雪恵『そいつはほんとに敵なのか』を再読するタイミングなのかもしれない。
脱線したけれど、いつか井奥氏の息子さん、娘さんが大きくなってこの本を読む日が来るとするなら、それはとても嬉しいことなんじゃないかなと思った。これはモスクワという街の記録であり、何よりも、美しい二人の子どもたちが生きた証明、成長の記録であるからだ。