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20241222

kyri
·
公開:2024/12/22

大雪の予報が出ていたし寒すぎて一瞬心が折れかけたけど、今日は映画館へ。楽しみにしていた『HAPPYEND』と空音央監督のトークセッションです。過去の数えきれない失敗に学び、今日はやっとメモを取りました。しかし今、このレポートを書くためにメモを読み返してみて、き、汚すぎる! 字が!! まさかの自分でも読めない事態になりかけて、でも頑張って解読しました。この監督のトークセッション、開催場所を見てもなぜ富山に来てくれたのかちょっとわからなかったのだけど、でも貴重な機会が地元に来てくれて本当に嬉しい。県外からもたくさんお客さんが来ていた(質疑応答でマイクを持った人は新潟からやってきた人だった)ではレポート行ってみます!

なぜ映画という言語で表現されている?

子供の頃から趣味はたくさんあったけれど、どれも中途半端だった。自分では絵が上手い方だと思っていたけれど大学に入ったら全然下手だった。だけど映画については友達と毎週金曜日に映画館に行ったり、親にもたくさん観せてもらっていたので、自分の趣味を全部発揮できるものかも知れないと思い、映画を撮り始めた。

映画はどんなのが好き?

ヴェルナー・ヘルツォークの『アギーレ/神の怒り』が大好き。他にもライナー・ヴェルナー・ファスビンダーも。でも大学では基礎としてハリウッド映画(ヒッチコックなど)をたくさん観せられて、自分としてはもっと前衛的な映画の方が好きだったけれど、ハリウッドから影響を受けた面もたくさんある。あとは自分の映画を観て貰えばわかると思うけど台湾ニューシネマが大好き。エドワード・ヤンとか。

『HAPPYEND』はみんなが表立って話しにくいことを伝えてくれる映画、こういう映画を撮る人は日本にはまだ少ないと思う。このように社会に関心を持ったのはいつ頃から?

自分はもともと親から「海藻みたいな人間」と言われるくらいゆらゆら何も考えていない人間だったけれど、明確に社会に関心が向いたのは東日本大震災から。震災からの脱原発のうねりを目の当たりにして、自分も参加しなきゃ! と強く思った。あの頃は1960〜70年代の政治の文化と似た熱気があったように思う。アメリカでは2012年のOccupy Wallstreet、2014年のBLACK LIVES MATTER、そしてトランプ政権の発足があり、2010年代以降政治の季節が続いているように感じている。

その中で、とても仲が良かった友達が全く違う政治的思想を持ったり、全然意見が合わなくなったりして、自分が友達と距離を置いたり、逆に友達の方から繋がりを切られたりした。友達のことは大事だったけど、政治観の違いで友情が壊れてしまうのが悲しかった。その思いが「映画を作ろう」という意志につながり、それが7年前のこと。自分にとって映画を作ることは「感情の記録」。

『HAPPYEND』を観ていて、過去でもあり未来でもあるというか、かつて自分が持っていたものを「取り戻す」ような感覚があった。

「取り戻す」という感覚は的を射ていて、自分は今33歳なのだけど、この映画では語りの視点を「今このとき」ではなくて「映画の中の彼らが33歳くらいになったときに自分の高校時代を思い出すような感じ」にしている。劇中に流れる音楽などについても、彼らの「今このとき」ではなくて「思い出したとき」に湧き上がるものを音楽で表現したりしている。

空さんから見て、日本に危機感や違和感はあるか。また自分は図書館に勤務していて、劇中の「好きな本は紙で」などの台詞が気になった。どういう意図でこの台詞を用いたのか。

危機感は毎日感じている。自分は結構悲観的なので。ドキュメンタリー映像作家の想田和弘さんの言葉に「熱狂なきファシズム」という言葉があって、この言葉が日本の現状をうまく表しているように思う。世界ではファシズムや右傾化が広まっているが、日本のそれは他国とは一味違っていて、例えばトランプ政権の"STRONG"に代表されるようなものではなく、もっと気づかれないうちに進めてしまう、それも民主的なプロセスを経ずに、という一面があると思う。代表的なものが軍拡。この軍需産業を盛り上げてしまうと、より多く稼ぐために戦争になってしまう。そんな日本の現状には危機感を感じる。自分の中には常にユウタとコウがいて、彼らという二極を日々振り子のように行ったりきたりしている。ある日はコウになり、このままじゃだめだと色々アクションを起こしてみたりもするが、ある日は全部に絶望してしまったりとか、その繰り返し。そんな中で映画や音楽、そして友達の存在はとても大切。

「好きな本は紙で」についてだが、近未来が舞台なので、そこではみんな紙ではなくてタブレットかなという思いで書いた。本についてではないが、音楽については劇中に「今どきDJなんて珍しい」という台詞があるが、あれは例えば今spotifyがアルゴリズム的に音楽のおすすめを出してくるのだけど(僕はそれ嫌いなんだけど)ああいう感じで近未来になるとみんな聴く音楽はAIに任せてしまっているんじゃないかと思い、そういう裏設定を立てている。

例えば学校での「起立、礼」や、地震があったら机の下に隠れるとかのルールがあるが、なぜそうするのかというか、ルールを疑う教育は日本には不足していると感じているがどう思うか。

全く仰るとおりだと思う。自分も高校時代に日本の学校へ交換留学したことがあり、そこでの「起立、礼」がすごく異質に感じられたのだけどそれを人に言っても「いつもそうだから」という返事しか返ってこない。もちろん災害時には統制がとれた方がよく、地震があったら机の下に隠れるというのは大事なことだと思うが、そういうことを言い訳にして権力を拡張しようとする人が出てくる。行きすぎると緊急事態をでっち上げてしまったりとか(例:最近の韓国、イスラエル)自分はそれを危ないと感じている。ルールを疑うのは大事であり、例えばアメリカでは昔奴隷制が法律で定められていたが、このように合法だからといって道徳的ではない事柄はたくさんある。こと日本においては合法であることと道徳的であることがよく混同されて、例えばデモでどんなに正しいことを訴えたとしても、そのデモを行なっていることへの近隣への迷惑の方が勝ってしまったりする。だけど、ルールを疑っていなくては、いざというときにルールを破れなくなってしまう。例えば徴兵制が制定されたとしたら、そのときはルールを破ってでも「戦争には行かない」と表明することが大切だと思う。


以上! です!

映画『HAPPYEND』、SNSでもいろんな人が絶賛していたのでとても楽しみにしていたのだけど期待に違わずすごく良かった。もう2024年のベスト映画はこれのような気がする。しばらくずっとユウタのことを考えるような気がする。そしてキンパが食べたい。トークセッションの後にサイン会があって、私は生粋のミーハーなので喜んでパンフレットにサインしてもらったのだけど、そこで少し空さんとお話することができて良かった。まあ絶対いらんことを言ってるんですけど。まだ何がどう、って言語化するのが追いついてないしパンフレットもちゃんと読めてないので、数日かけてじっくり咀嚼したいなと思ってるところ。いや〜寒さにめげずに行って良かった。富山に来てくれてありがとう! また来てね!

@kyri
週末日記