20240522

kyri
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公開:2024/5/22

「私は、きっと結婚も出産もしないと思うから」

そう言った私に彼女は「そっか」と答えて、それから「それはもう決めたの?」と私に問うた。私は、そう問われることを考えていなかったから言葉に詰まって、「決め切ったわけではないかもしれない」と曖昧に答えた。彼女はちょっと安心したように「まあ、これから何があるかはまだわからないからね」と、私を励ますようにではなかったけれど、そう言った。私は「そうだね」とまた曖昧に答えて、でも、結婚と出産を経た彼女と自分とはどうしても、何をどうしても重ならないような気がして、自分でそう決めたわけじゃなかったとしても、自分で決めた、決めないにかかわらず、私にそういうことは一生訪れないのかもしれないとなんとなく、感じていた。去年の夏、二人の子供を連れた幼馴染と再会し、彼女の子供を遊ばせている間に地元の水族館の片隅でそんなことを話していた。今でもこのときのやりとりを思い出す。それはもう決めたの? と、今でも彼女が私に問う。問われるたびに、私は、やっぱり、決め切ったわけではないかも、と、曖昧に答えている。

前提として、私は恋愛を理解する方の人間だ。だけど恋愛から遠ざかって随分経つ。なぜかはちょっとわからない。だけど、社会人になる少し前に、学生時代すごく好きだった人と別れて、もしかして、会社の同期とかに好きな人ができるのかな、と思ったりもしたけれど、見回しても、見回しても、好きな人はいなかった。見つからなかった。見つからないなら見つかるまで探せという話なのかもしれないけれど、でも、私はそこまで無理して見つけようという気持ちにもなれなかった。見つかるときは見つかるのかもしれないし、見つからなければそれはそれで。そう思っていたような気がする。好きだった人と別れたんだ、と女の子の同期に打ち明けたら「男なんてなんぼでもおる!」と励ましてもらえて、あの時の言い方にはいまだにちょっと笑えてしまうのだけど、そっかあなんぼでもいるのかあ、と思いつつ、それは確かに希望だったけれど、でも、10年経って、見つかっていない。今書いてて気づいた。そっかあ、10年経ったんだな。

これは私がものすごく一途だから、という話では多分なくて、ただ、恋愛にやる気を失ってずるずるとここまできただけにすぎない。でも、恋愛を理解する人間としては、理解するのであれば、恋愛をしてもよかったんじゃないかとは、何かにつけてふと思い出したときに考えるし、今、ひとりでいる私は、ただ恋愛から逃げてるだけなんじゃないか、とも。確かに逃げていると言えばそうなのかもしれない。10年経って、人からどんなふうに愛されていたか、愛されるために何をして、何をしなかったかを随分忘れてしまった。今更恋愛なんて、と思ったりもする。江國香織が自分の小説で「結婚は子供がやることだ」と書いていたそうだけど(私はその小説を読んでいないけれど)恋愛もまたそんな側面があったりしないだろうかとふと考える。だからと言って私がすごく大人なのかということではない。大人ではない。まだまだ子供。30代も半ばになって、その上もうすぐ誕生日を迎える身で恥ずかしいけれど、でも、まだまだ子供。何も決めることなく、するともしないとも決め切ることができないまま、ここまで生きてきただけにすぎないのだ。

でも、例えば、会社の後輩の人が「僕、今度プロポーズするんですよ」と嬉しそうに、飲み会の席で打ち明けて、それはよかったですね、素敵ですねとそのときは心からおめでたくて、喜んで、お酒もたくさん飲んで、けらけらと笑って、ああ楽しかったなと思いながら帰宅するのに、誰もいない一人の部屋に帰り着いた途端、涙が溢れて止まらなくなったこともあった。あの人には訪れたそんな機会が、私に訪れなかったのはどうして。別に欲しくもない、望んでもいなかったはずなのに、涙が止まらなくなるのは一体どうして。

自分の強固な意思でもって恋愛を遠ざけてきたわけじゃない。ただ、訪れなかっただけ。探しに行かなかっただけ。大人になってわかるのは、本当にほしいなら、自分から探しに行かなきゃだめなんだってこと。誰も私のために道を用意なんかしてくれないんだってこと。だから、恋愛についても、本当にほしいなら探しに行かなきゃだめなんだろうけど、そこまで、本当にほしいとは思っていないのも事実だ。涙が止まらなくなることはあるけれど、でも、欲しくて欲しくてしょうがないことはない。

何より、私は、10代から20代の間に経験した恋愛の思い出に随分満たされているのだ。どの思い出も今となっては甘美で、それでいて苦く、でも、今でも十分においしい。いとおしい。この思い出があるから生きていける。すごく愛したこと、すごく愛されたこと、背の高いあなたの上手な歌声が好きだったこと、脱色して傷んだ髪の感触が好きだったこと、あなたが聞かせてくれる話ぜんぶが好きだったこと、そのひとつひとつが今なお私を生かす。今のあなたをもう知らないし、再会したところでもはや同じように愛すことはないとわかっている。だから私は、記憶の中にいるあなたをいつまでも愛している。新しい恋も別にいらないわと思えるくらい、あなたをいつまでも愛している。

@kyri
週末日記