DHHという、ドパガキの王みたいなインフルエンサーがいるんですけど、今週、Ruby on Railsのカンファレンス「Rails World」での講演が話題になっていました。観てない方は是非今見てください。日本語字幕もつけられます。
この講演が刺激的だったのは、Railsのカンファレンスでオリジナル作者本人がAIエージェントによる開発を絶賛し、自社サービスHEYのバックエンドを全面的にRustで作り直す方針まで話したからだと思う。Xでは「Railsはもう終わりなのか」という反応も出ていた。
私は以前、DHHのクラウド脱出やLinuxデスクトップへの移行について記事を書いたことがある。今回の騒ぎも、その経緯を踏まえると面白く解釈できるんじゃないかと思って、筆を取りました。あくまで私個人の見方なので、事実関係や解釈には異論もあるかもしれない。
まず、Railsは終わっていないよというのは言っておきたい。というかRailsは一人の意志で閉じられるようなプロジェクトではない(みんながシュンとなるぐらいはあるかもしれないけど)。HEYのバックエンドをRustに置き換える話は、まだプロトタイピングの段階で、実験的な構想に近い。ただ、中断する気配はないし、私は筋のいいアーキテクチャ変更だと思っている。
そもそもHEY Nextで作ろうとしているのはメーラーだ。メールクライアントの競合にはネイティブアプリが多い。フロントエンドをネイティブにするのは、むしろ自然な結論に見える。
ただ、37signalsは少数精鋭で、一人の開発者が広い範囲を担当する会社だ。長くRailsとHotwireのフルスタックにこだわってきたのも、その形で製品を作るためだった。AIを使えばネイティブのコードも生成できる、という前提に変わったことで、HEY Nextではネイティブ化に舵を切ったのだと思う。ただ、これはここ数週間の動きでしかない。
ネイティブ化すると、各プラットフォームにそれぞれUIを作ることになる。RailsとHotwireでUIまで一気通貫に扱う前提がなくなるなら、サーバー側もメールシステムや機能要件に合わせて組み直せる。その答えがRustなのだと思う。
もちろんRustでなければいけないわけではない。GoでもElixirでもそれが向いているなら選んでいいと思う。デスクトップアプリにC++を選ぶのと同じくらいの技術選択で、ほかにも候補はあるけど、シンプルに行くならこれかな、という現時点の判断だろう。
37signalsは最近も、製品ごとに設計を見直している。たとえばFizzyでは、顧客ごとにSQLiteのデータベースを持つ構成を試したが、運用や複数の顧客にまたがる処理の難しさを踏まえ、公開前にMySQLを使う構成へ切り替えた。開発チームによる振り返りを読むと、今回も「Railsを捨てる」という一言で片づけられる話ではない。
さて、Rails Worldの講演に戻ると、DHHが語ったのは、37signalsのすべての製品やコードをRustに置き換えるという話ではない。主力製品のBasecamp 5や、Rails製のアプリを自分のサーバーで動かせるONCEの話を中心に、Railsが今も現役であることを語る選択肢もあったはずだ。
ちなみに、AIエージェントによる開発や手書きコーディングの終わりという主張は、8月のLex Fridman Podcast #501でもすでに語っている。今回の講演で新しく出てきた大きな材料が、HEY Nextの話だった。
HEY Nextは、講演時点では着手から数週間の実験にすぎないし、もう少し形になってからRustのコミュニティで「うちはRailsの開発元だけど、ここではRustを使っている びっくりだね」と発表する見せ方もできたと思う。それをあえてRails Worldの基調講演に持ち込んだところに、今回の話の面白さがある。本人もXで前日に明日のキーノートは議論を呼ぶかもしれないとほのめかしていた。つまりはやったるで!と意図的にこのアジテーションをぶち込んできたのだと思う。
というのも、DHHは去年の時点ではAIコーディングにやや懐疑的で、自分の手でコードを書くこと自体に思考や楽しさがある、というスタンスだった。1年前の同じくLex Fridman Podcastでの発言でも、AIは使うけれどコードを自分で「彫る」のが好きだと話していた。DHHはとにかく考えたことを外に書き出す人なので、その変化をたどれるログがかなり残っている。
本人は転機は2025年11月のClaude Opus 4.5だったと話している。試しに仕事を任せると、自分が書いたものに驚くほど近いコードが返ってきたという。
たしかに私にもエポックと思うモデルがある。Claude 3.5 Sonnetを使ってモデルのツール呼び出しをwhileループで回すと、アプリケーションが組み上がっていく光景に驚いたのを覚えている。
だから講演の終盤で「ホワイトピルを飲め」と呼びかけているのも、私には去年の自分に言っているように聞こえた。手でコードを彫ることに喜びを感じていた人が、その前提を自分でひっくり返した。そういう動きができるところもDHHの魅力というかネット芸人的な特性である。
日本のAI駆動開発・駆動開発な雰囲気のコミュニティではそんなに想像できないかもしれないが世界的に見るとAIを使ったコーディングを激しく否定したまま固定化されてしまっているクラスタがいる。そういう層にも向けられているのではないか。
私が最初にこの一連のムーブを観測したのは、Omakubの頃だったと思う。自社アプリのAppStoreリジェクトなどをへて反転アンチのように長く使っていたMacを離れ、一旦Windowsを試し、Linuxへ移っていく。開発環境もTUI中心に揃え、Neovimに傾倒していった。
もともと彼はTextMateという化石みたいなエディタを長く使っていた。いろいろ試した末に行き着いたのがNeovimなのか。旧世代の伝説的なエンジニアはやっぱり独自路線だな、と思った記憶がある。その頃の私といえば、AIエディターでやるチャラいバイブコーディングのほうがメインラインになると思っていたので、彼は完全に別の世界の住人に見えていた。
2025年には、デスクトップ環境のプロジェクトもUbuntu向けのOmakubから、Arch LinuxとHyprlandを使うOmarchyへ移った。理由としては、Ubuntuで欲しい道具を揃える手間や、Hyprlandなら細部まで変えられる面白さをとなえていた。よりエッジでもっとカスタマイズできる環境が欲しくなったのだと思う。
最初はOmarchyも、渋いオレオレLinuxデスクトップ環境を作っているのだと思っていた。ところがOpus 4.5以降、AIとの付き合い方が変わったのか次のバージョン4.0 QuattroではデスクトップのシェルをQuickshellで組み直し、バーやメニューなどをQMLのプラグインで拡張できる。これがかなり理想的なOSに見える。
Copilot+ PCのような「AI機能を搭載したPC」とは、発想のレベルが違い、Linuxのデスクトップはその気になればソースコードや設定に直接アクセスできる。そこにAIエージェントを呼び出す導線が最初から用意されていて、ユーザーがAIと一緒にシステムそのものをいじれる。AIが常に裏で動いているというより、必要なときにコンピューターの深いところまで手を入れられる、という感覚がある。
さて、そんなDHHが10月のKaigi on Rails 2026で来日し、基調講演をするそうです。聴講できる人はぜひ行ってみてください。日本のRailsコミュニティで何を話すのか楽しみですね。