「ありたい自分」で書く、ということ

langmoks
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公開:2026/2/17

自分が翻訳を仕事にしてきたせいか、何かを「書く」ときにはある種の仮面(ペルソナ)を身にまとう習慣がついているような気がする。

翻訳する原文のスタイルや目的その他に合わせて、原文の意味をできる限り正確に伝えられるようなペルソナを選ぶことが習慣化した結果、「こういうことを書くときに選ぶべきなのはどのペルソナか」というのを考えるのが習い性になってしまった。

自分自身の文章を書くときでさえ、その文章にふさわしいペルソナを演じている気がする。

SNSは擬似的な「コミュニティ」だが、異なるSNS(コミュニティ)の中で見せる姿がそれぞれに大きく乖離してしまわないように、無意識にペルソナを調整している自分がいる。

それが結構しんどいなぁ……と感じるようになってきた。

自分自身として言葉をつむぐのなら、何も自分のペルソナをひとつに絞る必要はない。そのときそのときで「ありたい」自分のペルソナで書く。

ここはそういう場所にしていきたいな、と思っている。