犯人役ばかり当ててしまうのは引きがいいのか悪いのか。
写真は石川旅行の余韻。先週末は金曜夜〜日曜夕方まできっちり予定が入っていたので日記を書き損ねた。アクティビティ上は週1回の頻度を保てているのでよしとしたい。あまり義務っぽくなっても続かないし。
いよいよ年度末という感じで、内示を待ってフロア全体がそわそわしている気がします。かくいう自分もで、希望は出したけれども、果たしてどうなることやら。もう出来ることがないせいで、どちらに転んでも一旦くよくよする気がしています。早く三月終わらないかな。
今の仕事は面白いけれど幅広くて頭を悩ますことが多いせいで、休みに友人と話している間にも仕事のことを考えてしまうので、それがずっと嫌。最近は運動もしていて睡眠も食事も十分に取れていて、健康で元気なはずなのにどうにも疲れを引きずっている気がするのはそれのせいだと思っている。
愚痴っぽい日記になってしまっているけどたまにはいいか。
火曜日に、同じようにくたびれた人と会って、ストレス由来の痙攣が大笑いしたら治ったという話を聞いて、確かに笑いは大切だな、というのを自分の過去を振り返っても思い出せたのでよかった。いつだかにヘトヘトだった時、突然遠方の友人と話がしたくなって、駅の電話ボックス型のコワーキングスペースに飛び込んで1時間ほど電話したことがあった。何を話したかほとんど覚えていないけれど、息ができなくなるくらい笑って、すっかり気持ちよくなって家に帰れた。ああいう瞬間が人生にたくさんできるならそのためにストレスを受けるのもそう悪くないと思えるくらいによい瞬間だった。
仕事でヘトヘトになっても退勤すればスイッチを切れるような仕事であればかなり耐えられるほうだと思う。問題はうまくスイッチを切れなくなった時で、これは流石に向き不向きだと思うので、可能ならば自分側で移動していきたい。環境が人を作る。置かれた場所で咲く努力も否定しませんが、咲いてからだって、根ごと引っこ抜いて歩けるならもっと住みやすい場所に歩いていったっていいだろう。
一雨ごとに暖かくなる、わけでもないが、少しずつ春を感じている。
今は週末に晴れそうなことが何より嬉しい。