ドラマの中の周りの人と違う個性を持って生きる難しさを見て、この問題を取り扱う大切さと、以前のように存在すら無い描き方と比べて良い風潮になってきたとはいえ、作品によっては描き方にちょっと違うと思ってしまったり、人間関係を描く中で誰かが自ら死を選ぶ話が続いて辟易していたり、受け取り方も変わってきた。
でも、繊細なジェンダーのテーマを取り扱うのはやめるみたいな発表をしたニュースを見て、やっぱりメジャーな作品では元に戻るのかとがっかりもしてる。
現実に世界中で起こっていることがあまりにも残酷で許し難いことばかりで…
問題を解決するために使われている"マイノリティ"という言葉を使うことも、虚しい響きを感じる瞬間が増えている。お互い手を差し伸べようと協力的に話し合う場で交わされる前向きな言葉を受け取ることがどれだけ難しいか。多勢の人の考えを簡単に変えられない虚しさがある中では前向きな議論も、ただ同情されているだけ、同情されたいんでしょと冷笑されているようにどうしても捻くれて受け取ってしまい、言葉の軽さに苛立ち、オープンな話し合いすら嫌になる。
長年いろんな人が声を上げてきた成果が見えて、オープンに話し合える空気ができたと思えば、大きい力でねじ伏せられる状況に変わり、対決姿勢は増している。
大きい力、大量に人を消せる力を使われるとどうしようもない。私は存在してると思っていたけど、肉体がここにただあるだけでいつ消されても仕方がないなんて極端な考えに振り切ってしまいそうになるぐらい、違う個性の存在を認めることが許されない状況に心の底からうんざりしてる。
共生のために、それぞれ道が、世界が違うと割り切って、棲み分けて、隠れて離れて生きる方がまだマシ。