最近はドラマとまんが三昧で本を読むことがめっきり減り、もはや趣味は本を読むことです、と言うのが憚られる。
でも本を読むのは変わらず好きだと思う。以前ほど貪欲に新しい本を読まなくなっただけで、気に入った本を再読することは多い。
J.D.サリンジャー『フラニーとゾーイー』を最近また読んでみた。今回いちばんの感想は翻訳が良いなということ。
フラニーやゾーイーの口調も、街の描写も、なにかとてもおしゃれ。
以前はフラニーの悩みや怒りに共感して、ゾーイーの説得に納得して、ラストは心温まって、本を閉じたが、今回は翻訳の良さにも感銘受けながら本を閉じた。
翻訳者野崎孝によるサリンジャー作品の翻訳は『ライ麦畑でつかまえて』が有名で、サリンジャーの文体が1950年代の10代の若者ことばを良く表現していると評されているなか、それを日本語で表現することはとてもハードルの高いことだったそう。
『フラニーとゾーイー』もきっとそんなふうに翻訳されていま手元にあるんだなあと感じる。
スラスラ外国語を読むスキルがないので海外文学はやはり翻訳されたものを読むことが多くなる。サリンジャーの作品はもちろん、すばらしい翻訳本の大事さに今更ながら気づく。