今朝の新聞は、1974年から1975年にかけて起きた連続企業爆破事件の重要指名手配犯で過激派「東アジア反日武装戦線」のメンバー桐島聡容疑者(70)とみられる男が、警視庁公安部に身柄を確保されたことが一面に大きく出ている。
1974年と言えば、私は歩き始めたミヨちゃんの頃だ。赤い鼻緒のジョジョを履いてた頃なので、事件のことも桐島のことも知らない。
桐島の所属していた過激派「東アジア反日武装戦線」とは、「反日亡国論(日本人は生まれながらにして犯罪民族としての原罪を負っているので、絶滅させなくてはならない)」という過激な自虐史観を持つ団体で、天皇陛下が乗った列車を鉄橋ごと爆破しようとしたりしていたそうだ。
日本人を絶滅させたいと考えて8人を殺し、165人を怪我せしめた後(後日 註:これを書いた時はこのように報道されていたのですが、今は直接の死者はいないとなっています)、50年本名を捨てて逃げ隠れた人生を送った桐島は、その絶滅すべき日本人が犇めくように闊歩する今の日本をどういう思いで見ていたのだろう。事件を起こさなければ、自分も本名の自分のままで、お日さまの下を堂々と歩く人生が送れたのにと思ったろうか。自分が呪った日本の制度を使い、絶滅させたかった本名で生きる日本人の税金で、自分は偽物の名前と偽物の保険証を使って医療にかかることに屈辱を感じたろうか。彼の素性を知っていて口を噤んでいた人はどれぐらいいたのだろう。当時は新聞にも出て、駅々の壁には顔写真まで貼られていたのに、死の間際まで自分で名乗らなければ誰にも「本名の自分」「本当の自分」に気付いてもらえないのは、どんな気がするんだろう。隠れおおせている満足感はあったろう。しかし、いかに自分が世間からものの数に入っていないかを突き付けられるようではないか。高校時代の桐島の同級生は、桐島のことを「人に流されやすい性格だった」とコメントしている。流され流れた先が「顔まで出てるのに自ら名乗らなければ最後まで気付いてもらえない犯罪者」であったか。
償うことなく逝く桐島に、地獄の閻魔大王はどんな審判をくだすだろう。