父方の祖父母の家は車で10分もかからない場所にあり、普段からよく遊びに行っていた。
毎年お正月には、大丸と寿屋をはしごして買ってもらった一張羅を着て祖父母の元を訪れた。確か、その年はリスの立体的なモチーフがポコポコと付いたうすい紫色のカーディガンに、チェックのキュロット。ボンボンのついたハイソックスだったと思う。妹とお揃いの、赤いエナメルのキティちゃんのバッグを持っていたはずだ。
いつもと同じように玄関ではなく、裏の土間側からすりガラス越しに家の中を覗く。「ばーちゃーん」と声をかけると、古い家なのですっかり建て付けが悪くなった掃き出し窓をガガッガガガッと音をたてて祖母が開け、「入らんね」と手招く。居間に上がるとチリチリとストーブの火を焚く音。家の中を支配する線香のにおい。灯りは夜を凌ぐためだけのもので、どの部屋も仄暗い。
ストーブの端には蓋を開けた牛乳瓶が乗せられ、温められていた。ヂーッという音にもならない小さな音をたてながら、沸々と小さな泡が立っている。祖父に促され、ひとくち飲もうとおそるおそる瓶に触れると、思っていたほどは熱くない。
ほっとして、ぽってりとした飲み口に唇を寄せた。瓶の温かさよりもう少し暖かく、まろやかな液体が口いっぱいに広がる。電子レンジで温めたいつものホットミルクよりもなんだか甘く感じられた。ストーブの熱が居間全体を包んでいるのも相まってか、ほわんとした幸福感に包まれる。「もうちょっと飲んでいい?」と祖父に尋ねると、大きな目を細めて「飲まんね」と言う。そうして私はとうとう1本飲み切ってしまった。