
昨日、3月1日に閉店しました。しずかなインターネットを通じてもいろいろ反応いただくことがありました。ありがとうございました!
オンラインショップは3月5日(木)までです。5,500円以上のお買上げで送料無料です。お見逃しなく!
しかしなんだか感慨深さとか寂しさとかそういうのがない…後になってクるのかな…今は少しでも早く撤退したいからか「片付けどうにかしなきゃ」というのが第一にある。家賃もったいない。そして今の生活の重きは自分の身体、妊娠や出産その後についてがメインになっている。あとはおそらく、ずいぶん前からやめたかったのだ。いつの間にか、惰性でお店がそこにあるだけだった。お客さん全然来ないしつまらなかった。お客さんを呼び込もうという努力もできなかった。この努力というものは創作意欲と通じるものがある。刺激がない→やる気がなくなる→刺激がない…の負のループだ。自分はだんだん内側にこもっていってしまっていた。でもやめたら、もっと社会的繋がりがなくなる。もし子どもができたらお店どうする?というのは夫とたまに話していて「息抜きにやるといいんじゃないかな」と言ってくれていたけど、そうは思えないほどになっていた。切迫流産で入院して、退院が決まり2日前にふと「お店やめよう」と思ったのだ。そしたらスッと気持ちが楽になった。
閉店すると宣言したのが昨年の12月半ばで、今年に入ってからお客さんがどんどん来た。「今まで行きたいと思ってたけど来れなくて」という人ばかりだった。もちろん何度か来てくれた人も駆けつけてくれたがごくわずかで、ほとんどが新規のお客さん。新規の中にはこの2ヶ月で何度も訪れて、すごくたくさん買ってくれた方がいた。一気に来るんじゃなくて、ちょっとずつもっと早く来てくれれば…やめるのはやめたかもしれないけど、モチベーションはもう少し保てていただろう。「閉店すると言わなければ来ない人が多い」というのは千葉で経験済みだ。お店での売上は去年1年間で17万だったのに、今年は昨日まの約2ヶ月で25万だった。
「またお店やるんですか」とか言われたら苦笑いしかできなかったし、妊娠していることは数組にだけしか言わなかったけど「落ち着いたらまたやってほしいです」とほぼ必ず言われたけど、ないな…ないです。茨城にいる限りは。いやそれを抜きにしても、最近独立系書店いっぱいできてるし、知らないお店が増えていくたびになんだか心が冷めていく感じがしていた。リコッタのお役目はとうに終わったのだ。
オモテに書けないことばかり書いてしまった。ここでは許してほしい。ほんとに早く片付けたい。大型のモノの買取と処分を同時にやってくれる業者を探しているのだけど、調べてヒットはするもののどこも半端で結局分からない。潔く処分してくれるところだけを探すのも手かもしれない。これらがすべて終わったら何らかの感情がわきそうだ。
これだけ愚痴ばかりになるなら、なぜ本屋始めたのかとかも書ければよかったな。あまりにも後ろ向きすぎる。お店をつくっていくのは楽しい経験だった。先程も書いたけど、創作意欲が必要なのだ。それがなくなってしまったし、今後また生まれるかと言われれば可能性は低い。ただ息をして生きるだけだ。