高校から帰宅し自室に戻ると、開け放たれた窓枠にカオリが腰かけていた。
私の部屋は北向きで薄暗く、風通しもよく夏でも比較的涼しい。でもさすがに暑い中帰ってきたので、冷房をかけたかった。でも、カオリは窓枠から離れようとしない。彼女の長い髪が、風になびいている。私は扇風機をつけた。強風を思いっきり自分に向けて、汗を乾かす。
カオリは私と同じ制服を着ている。今日、授業に出たのかは分からない。窓枠に引っ掛けた足は裸足で、その爪は白く長く、パールがかっていた。あの爪は付けているのだろうか。ソックスを履いたり歩行したりしたら欠けないのだろうか。
「それ、足の爪付けてるの」
「んー、付けたり削ったりしてる」
結局どういう仕組みなのかよく分からないが、それ以上何も言わなさそうだった。カオリは手を空にかざす。今度は手指の爪に視線ががいく。北側なので太陽の光は反射しないけれど、天気は快晴で、水色の爪が透けてキラキラと光っていた。うちは山に囲まれた谷あいの田舎だ。なのに、そこに海の水面がキラキラ光っているような錯覚を覚えた。今年の夏は海にでも行くのだろうか、白い爪先に砂を被せて、水色の指先を太陽の光に反射させて。
「好きな人ができた」
唐突にカオリが言う。
「誰」
「先生。あんたは知らないかも」
授業に不真面目なカオリが先生を好きになるなんて意外だった。それはぜひとも顔を拝んでみたい。
「どんな人なの」
「吉倉先生」
「えっ」
さすがに驚く。私も知っている先生だ。2年のとき数学の担当だったことがある。背は高いが眼鏡で白髪混じりの、くたびれた先生。
「…に、似てる人」
ちょっと安堵する。吉倉先生はさすがに歳が離れすぎている。しかしどちらにしろ、吉倉先生に似てるのなら落ち着きがありすぎるのではないだろうか。
一度自室を出て、キッチンの冷蔵庫からアイスキャンディーを2本取り出す。ソーダ味とオレンジ味だ。部屋に戻り、ソーダ味の方をカオリに渡すと「ん、ありがと」と受け取る。二人分のシャクシャクという音がする。ある程度身体が乾いた私は畳に寝転がった。明日、職員室に行ってみよう。
という夢を見た。
私はそのあと先生に会いに行くのだけど、実は今の自分の記憶を持った高校生の頃に戻っており、自分の高校時代を思い出しながら校内を歩く。でもその先生のことは知らず、少し会話をするのだけどそこは割愛。カオリのモデルは高校のクラスメイトだけど、幼なじみという設定だった。
夢って記憶から起こそうとすればするほど記憶の彼方に飛んでいく。それを繋ぎ止めるようにまどろんでいたら、いつもより起きるのがちょっと遅くなった。