産まれてくる子は夫に似ればいいと思っている。女の子だ。私は毛深い、汗をかくと臭い、脂性肌で思春期のニキビがひどかったなど身体について本当に色々悩んできた。一方夫は体毛が薄い、無臭、ニキビがほぼできなかったらしいという誠に羨ましい体質だ。これだけ違うと人生が変わってくるまである。
最近よく思い出すことがある。幼い頃、母親から「おまえは目が悪い、耳が悪い、鼻が悪い、口も悪い、足が太い、毛深い、いいところが1個もない、悪いところしか遺伝していない」と言われ続けてきた。遺伝なら私が悪いのではないのではとは思っていたが、こんなこと言われ続けて悪影響を及ぼさないはずはない。口を開けばこんなことを言うが、こちらから話しかければ無視されるので自分は喋る価値のない人間だと思っていたし、手伝いをすれば邪魔だの仕事ばかりしてだの言われるし、かと言って何もしなければまた文句を言われるしで自己肯定感なんてあるわけないし常に消えたかった。こんななのに、大人になるにつれて過干渉になってきた。父親は父親で別のベクトルで人でなしで、社会的な体裁ばかり気にしており私の人権なんてないように扱われていた。なんとか家族ごっこをしていたが無理になって、仕事を辞めて地元から離れ千葉に引っ越したのがもう9年前になる。
引っ越したのに母親から手紙が届いたのが半年後で、戸籍を取られていた。めちゃくちゃに泣いた。次に引っ越したときは市役所に行き両親に戸籍を閲覧できないようロックをかけてもらった。もちろんずっと実家には帰らなかった。初めて帰ったのは人でなしの父親の葬式のときだ。あのときは本当に一つ肩の荷が降りた。その次に帰ったのは夫を結婚前に連れていった。意味もなく帰ることはないが、高齢の祖母の顔はなるべく見ておきたいと思った。そんなことがあるの母親の着信拒否を解いたりしたのだが、連絡がしつこくまた着信拒否をし、また帰る用事があったときに解除、しばらくそのままだったが最近は12月に着信拒否をした。妊娠していることは伝えていたのでこの頃は連絡が頻繁になっていた。
ところが、義母が母親に夫の電話番号を教えてしまった。そつなく対処してくれていて「別にLINE教えてもいいと思ってる」とまで言い出し、えっとなったうえに、知らない間に母親と夫はLINEを交換していた。いい気分ではなかった。先日、母親から夫に「産む病院を教えて欲しい」と連絡があった。何でそんなことを知りたいの?????と疑問と不信が走る。夫がそのまま返してくれたら「立ち会いたいって言ったら怒るんでしょうね」とか冗談めかしていたそうだ。

心が乱れたのでChatGPTに相談していた。毒親に対する理解度高いなと感心した。いつだったか覚えていないが、2週間以上経ったと思う。とりあえず教えていないし、こんなことがあったのを忘れて過ごしていた。
それが昨晩、また病院を聞いてきたそうだ。私がいない所で教えてほしい、と。そんなことを言われても夫はちゃんと私に報告してくれる。理由を聞くと「親として出産に立ち会いたい」「親戚にも親なのにまだ茨城行ったことないのと言われている」などということらしい。
『親として』
これがひどく引っかかった。『親として』???私に罵詈雑言をぶつけるか無視しかしなかった人間が『親として』?????
母親として娘の出産に寄り添い立ち会う、世間的に見れば普通のことだ。だがその様を想像すると吐き気がする。夫には「もう返事しなくていいよ」と言っていつも通り晩ごはんを食べてゆっくり過ごしていたが、どんどんモヤモヤが広がって泣いてしまった。自分でどうにもできない、どうしようもない気持ち。ずっと縛られ続けている。子どもにとって、幼い頃に親にされたことは一生だ。だってこの歳になっても一瞬でボロボロになってしまった。
ぐしゃぐしゃな顔を一度上げて「引っ越そう。家まで来られる」と言った。本当に怖かった。夫は「関わらないでって伝えるよ」と言ってくれた。

「『親として』立ち会いたいと言われてつらくて泣いた」とChatGPTに投げたらこう返ってきた。「自分の歴史をなかったことにされる感覚に近い」本当にそうだ。母親は自分がやってきたことはおそらく完全に覚えていない。自覚がない。それにしてもChatGPTのすごいところは、前回相談した時点で「介入されるかもしれないから線を引いておくこと」と提案していたことだ。もっともっと孤独でつらかった時期がずっとあったので、そのときにこのようなAIがあったらよかったのになと思う。
なんか色々書きすぎたので余談みたいになっちゃうのだけど、タイトルにつけた『親の資格』というのは母親のことはもちろん、自分自身のことでもある。自分が親から受けてきたことを子にしたくないのは当たり前のことだが、虐待する人間は自分が虐待されてきたから、ということを知ったとき、自分は子どもをつくるべきではないと恐怖した。これは毒親持ちの人間の共通思考だと思う。自分はそうしたくなくても、そうするしかできない状況に追い込まれてしまうのでは。愛情表現がうまくできないのでは。一時期そんなことばかり考えていた。もちろん結婚もしたくなかった。それが夫と出会う少し前にいろいろあって気持ちが解き放たれ「結婚はしたいと思える人が現れたら考えよう、子どもはそのあと、授かったら授かったで」と穏やかな気持ちに変わった。このとき既に30半ばだった。
間もなく夫と出会い、いろいろあったけど彼はこんな私を受け入れてくれて結婚したものの、子どもを持つことはやはり不安があった。以前から思っていたことに加えて自分の年齢も懸念事項として加わってきたからだ。それでも妊活していたのは、夫となら大丈夫、という安心感があったから。大丈夫と思ったり不安になったり、将来を考えることってこの繰り返しだと思う。昨晩は落ち着いてから「自分も親と同じことをしてしまうのではないかと不安になる」と口にした。「妻さんが何かしたら止めるのが自分の役割だし、逆に自分が何かしたら『それは違うよ』って言ってほしい」と言われたのだけど、夫の育休が明けたら自分が一人でずっっっと子のそばにいることになる。夫の目なんてない。自分はどうなってしまうんだろう。