通販の注文をいただいていたので、昼ごはんを早めに済ませて自分の店へ出かけた。先日の営業時に読んでいた本がもう少しで読み終わるところだったので、ちょうどいい、コーヒーを飲みながら読み切ってしまおうと上機嫌で外に出た。
商品を包み終えて半端に読んでいた本も読み終わり、もう少し何か読もうかなと悩んでいると、ジジジッと微かな音と黒い影が動く気配がした。それはカーテンで見当たった。ハチだ。そこそこ大きい。実は日曜日の帰り際に「ジジジジジジ」という音を聴いていた。ゼンマイを巻くような規則正しい音、でもそんなものはこの店に存在しない。羽音かと目星をつけたが、何も見当たらなかったのでそのまま去った。「お前だったのか…」という気持ちでハチを見つめた。
私は自分の陣地で虫を見つけたら、殺るしか選択肢はない。いや、逃がすという選択肢も今思えばあったが、この建物の窓は小さく、しかもハンドルを回して下からパカッとしか開かないので「窓を開ける」という発想がなかった。お店の雰囲気を出すためにいつもカーテンを閉めて暖色のあかりを灯しているため、そもそも小窓の存在も忘れていた。なので反射的に戦闘態勢に入った。
それにしても、いつの間に侵入したのだろう。大きな虫の存在に驚きはするが、こちとら山育ちなので冷静に行動する。まずこのサイズのハチはそんなにウロウロしない。素早く殺虫剤を取りに行った。それをシュッ、シュッとハチ目掛けて2回プッシュする。すぐに反応はなかったが、やがてバチバチっと動き出し、飛び立とうとしたのか羽根を動かすもうまくいかず、ボトリと音を立ててカーテンから落ちた。そこには木製のベンチがある。ジジジと音を立てながら苦しそうにもがき転げまわり、やがて床に落ちた。まだ蠢いている。
そういえばこの殺虫剤はゴキブリ用だったっけな、とスプレー缶を見てみた。

ノーマット、200日分?
どうやら蚊の駆除だったり、屋内外の虫除けに使うものらしかった。強力な殺虫剤ではない。
ハチはひたすらもがき苦しんでいた。もしこれがゴキブリ用の殺虫剤だったらすぐに死んでいただろうに、苦しみを長引かせてしまっている…と罪悪感を覚えるふりをして、ただ無情になっていた。しばらくその様を見つめていたが、なかなか動きが止まらないので読書に戻った。
10分ほど経過し様子を見ると、まだ微かに動いていた。ティッシュ2枚とポリ袋を用意したが、大きめのハチだし直接触ると針が危ないかもしれない、どうしようと悩んだ。読書も飽きたところで再度様子を見ると、動かなくなっていた。ほうきとちりとりがあることを思い出し、それで外に捨てることにした。
ほうきで触れると、ピクッと動いた。まだ生きていたのか。苦しませて本当にすまない、とちりとりの中に放り込んだ。安らかに土に還ってくれ。
片付けを済ませて店を出た。駐輪場へ向かう途中に、トカゲらしきものがチロチロと横切り茂みに入るのを見かけた。温かい日によく活動する生物だ。春だなぁ、としみじみしてしまった。