無題

ねむれない
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思い出のはなし

わたしの中でずっと思い出の中で大切に仕舞っているものがある、それがGalileo Galilei のクライマーという曲

アニメ ハイキュー‼︎ のセカンドシーズンのエンディング曲だ

この曲を初めて聞いたのは、中学生のときだった

たまたま早起きして当時マイブームだったAbemaTVをダラダラ眺めていたら、ハイキュー‼︎を放送していた

アニメのファーストシーズンは既に視聴していたし、いい機会だと思ってそのまま放送を見続けた

放送が終わったあと番組表を確認したらちょうど朝5時頃からハイキュー‼︎の放送をしていることを知った そして次の日から、朝5時に目覚ましをセットして、起床し放送を見ながら学校に行く準備をするという日々を繰り返した

制服をきて身だしなみを整えて、朝ごはんを食べ終わって歯磨きをしたあと、ソファに寝転がると、ちょうどエンディングを流しているシーンになる

そしてそのままエンディングを聴きながら二度寝するのがルーティーンになっていた

登校する時間ぐらいに起きて、そのまま登校するのを繰り返していた

そして、一挙放送も終わって、早起きする習慣もなくなったいつかの寝れなかった夜、ダラダラとYouTubeを眺めていたらおすすめにクライマーが表示されているのに気がついた

懐かしいと思いながら再生した、聞いていたらいつの間にか朝になっていた

フル尺の3分半ちょっとの間にわたしは眠ってしまっていた

この曲を聞いたということが寝なければならないと脳が記憶してしまったのか、この曲を聞いているとあっという間に寝てしまう

この曲には、寝れない日何度もお世話になった

今日は久しぶりにこの曲を聞きながら寝ようと思う

憧れのはなし

QuizKnockの動画をYouTubeで見る時期がある、その中のメンバーである志賀玲太さんが好きだ 憧れの存在として

前々から動画の司会だったりwebの記事だったりで見かけることがあって、そこそこに好きだったが、つい先日読んだnoteでなんとなく好きから憧れになったような気がする

これを読んだとき、生かされているなと思った 強く脅迫的なものではなく背中を押されているようなやわらかくあたたかい感覚だった

過去の経験のせいで数年が経った今でも希死念慮に苛まれることがあるし、経験そのものがフラッシュバックして落ち込んでしまう夜もあった

それが、掬われて過去の経験を肯定されたような感じがした。わたしの感覚だから、ほかの人はまた違う受け取り方をするかもしれないけれど

生かされていると思ったと同時にうらやましいとも思った

わたしの文章は、ほかの人が読んだときにどんな気持ちになるのだろう、どんな感覚になるのだろう

こんなに気持ちを動かすようなものを書けているのだろうかと思ってしまった

わたしはただの素人で日々の出来事を書いているだけで足元にも及ばないし、そもそもとしてテーマが違うから比較対象としてもおかしい

それでも、すごいなと純粋な憧れを持ってしまった