金魚鉢

lily2oo
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「ぼくはままならない波の中を泳ぎたいんだ。」

壁の外は危険にまみれている。それでも外へ行った彼の心情を私たちは測りかねていた。

 「ここは十分快適だよね。」「ご飯もあるし。」「寂しくもない。」「ここからでも外の世界は見えるし。」「彼は変わってるんだよ。」

 みんなが吐き出した言葉で少し不透明になった視界に、僕は少しの酩酊感を覚える。苦しくなって、僕は言った。

「僕はもう寝るよ。」「そうかい。」「おやすみ。」

みんなから逃げるように、必死に尾びれを動かした。少し経って、後ろを振り返る。みんなはもう見えない。僕は溜め込んだ泡を吐き出した。僕のこの漠然とした恐怖は、誰にあてたものなんだろう。そんなことを考えながら、また少しずつ尾びれを動かし始める。水の壁を押しのけるたびに酔いが覚めて、気持ちがいい。気がつくと寝床はすぐそこまで来ていた。水を叩いている尾びれにしびれを感じる。

「今日はこのままもう少し泳ぎたいなあ。」

自分の寝床におやすみの挨拶を言い残し、僕は彼がよく寝ていた岩陰に行くことにした。いつものようにそこにある彼の寝床は、がらんどうになった寂しさを漂わせているような気がする。僕は中に入って、石に頬をあてた。ひんやりして気持ちがいい。そのまま、まぶたを閉じるけれど、彼の言葉が頭の中をぐるぐる巡って、なかなか眠れない。

「ぼくもいっしょにいけばよかった。」

だれもいない岩陰の中に僕の声は木霊した。まぶたを開くと、壁の外を泳ぐ発光性のクラゲがこちらを見つめているようだった。

2020年9月17日 11:16

@lily2oo
某デ大生です