あらすじは次の通り。
「自分がなにをやってのけたのか、わかってる? 音楽産業を殺したんだよ!」田舎の工場で発売前のCDを盗んでいた労働者、mp3を発明したオタク技術者、業界を牛耳る大手レコード会社のCEO。CDが売れない時代を作った張本人たちの強欲と悪知恵、才能と友情の物語がいま明らかになる。
2026年現在では、音楽はサブスクで聴かれることが多いだろう。毎月少額のお金を Apple や Spotify や YouTube 等に支払い、数え切れないほどの楽曲を時間の許す限り聴くことができる。
しかし、30年ほど前は音源は CD というメディアを通じて提供されており、数曲が収録されているディスクを有料で購入するのが当たり前だった。2000年前後の数年間、大量の音楽ファイルがインターネットのどこかにアップロードされ、ナップスターのような違法共有サイトを通じて人々に広まり、音源が収録されたメディアに金を払う習慣はなくなり、音楽産業の構造は大きく変わっていく。
本書はこのトレンドを引き起こした主要人物の3人に焦点を当て、彼らの1995年〜2010年頃までの活動や帰結を描いたノンフィクションだ。
一人目は mp3 の開発者であるカールハインツ・ブランデンブルグ(Karlheinz Brandenburg)。彼はフラウンホーファー集積回路研究所に所属する優秀な研究者で、他の研究者とともに人間の聴覚の性質を利用してある程度の音質を維持したままファイルを圧縮するアルゴリズムを開発する。mp3 が正式に MPEG に規格として承認されれば莫大なライセンス料収入を得られる見込みだったが、当初は mp2 との政治的闘争に敗れ上手く行かなかった。
二人目は世界最強の音楽海賊デル・グローバー(Dell Glover)。彼はポリグラム(後にユニバーサル・ミュージックに吸収合併される)のノースカロライナ州キングスマウンテン工場の従業員として CD を製造するために働いていたが、在庫管理の隙をついて CD を盗み、「シーン」と呼ばれる違法な動画・音楽ファイルをリークするグループに渡すようになる。
三人目はユニバーサル・ミュージックの CEO ダグ・モリス(Doug Morris)。彼はヒットを生み出す人材とレーベルを集め、数々の超大物アーティストを発掘し、巨大な音楽帝国を築く。mp3 の浸透により従来の音楽ビジネスの収益構造が大きく変わると、それに適応し無料視聴を収益化する広告ビジネスを立ち上げるなど非常に優秀な経営者である。
上記三名はお互いに面識はないものの、「音楽をタダにする」トレンドにおいて密接に関わりあっている。
ブランデンブルグたちが開発した mp3 という圧縮技術がなければ、インターネット上で大量の音楽ファイルを交換することはできなかった。
モリスが後に大物となる多くのラップアーティストを発掘し、それがデジタルネイティブのミレニアル世代に最も人気があるジャンルになった。彼らとの契約はモリスのユニバーサル・ミュージックによって独占されていた。
ユニバーサルが販売する CD はキングスマウンテン工場によって製造されていたが、その工場の在庫管理には穴があり、長年そこで働いていたグローバーは簡単に CD を盗み出すことができた。CD に書き込まれたデータは mp3 としてインターネットにアップロードされ、グローバーはその見返りとして「シーン」が保有する映画や音楽ファイルを入手することができた。彼は海賊版を作り近所で販売し、副業収入を得ていた。
グローバーが行ったことは確実に犯罪で、実際に彼は逮捕、訴追され有罪判決を受けている。音楽産業は音源をメディアとして売るという従来の収益構造からの転換を余儀なくされた。しかし、皮肉にもグローバーや「シーン」の活動によって mp3 が優秀な規格であることが広まり、MPEG による承認やメーカーによるプレイヤーの製造などに繋がっていった。
現代の音楽産業を作り上げた時代の流れが一冊にまとまっていて、3人の登場人物を取り巻く状況やリーク側とそれを阻止する側とのハラハラする攻防など、音楽ファンでもそうでなくても楽しめそうな面白いノンフィクションだった。