ノンフィクション作家の高野秀行氏が2010年に出版した「間違う力」の新書版。「間違う力」とは親本の出版当時に流行っていた「〇〇の力」というタイトルの自己啓発本を意識して名づけられたらしい。
まず「間違う力」というタイトルが良い。著者の本を読んでいる人には説明するまでもないと思われるが、高野氏は他人が行かない辺境の地で他人がやらないことをやって体験談を本に書くというスタイルの作家だ。
その始まりが、学生時代にコンゴ奥地の湖で太古の昔から生きていると言われる「モケーレ・ムベンベ」という UMA(未確認生物)を探しに行った話を書いた「幻獣ムベンベを追え」だ。そんな生物が存在する可能性はかなり低いので、初手から「間違って」いる。
ただし、それは一般人からの視点で見た「間違い」であり、高野氏は一発当てるために大真面目に考えた結果コンゴの奥地で UMA を探していた。そんな生物はいないと考えられるので、当然見つかるわけがない。
しかし高野氏の作品が面白いのはここからで、本人が大真面目に探した結果として出会う人や出来事などを面白おかしく読んでいくに従ってその国やそこで暮らす人々のことを身近に感じることができる。本を閉じると毎回「なんでこんな本を読んでるんだ...?」と我にかえるのだが、新作が出るとつい買って読んでしまう。
高野氏は今でこそ「謎の独立国家ソマリランド」などの有名な著作がありノンフィクション作家としての地位を確立しているように見受けられるが、20-30代の頃は本も売れず燻っていたようだ。本書は、高野氏が若い頃から現在に至るまで出版した本の内容を簡単に紹介しながら、その時々で氏が何を考え何を実行してきたのかを振り返る本になっている。
「他人の行かない場所に行き、他人がやらないことをやる」というスタイルを貫き(ゴールデントライアングルでアヘンを栽培したり、反政府ゲリラが支配するミャンマー北部の密林からインドに密入国し強制送還されたり)、世間からは全く注目されていなくても「とにかくやる」「正しいかどうかより面白いかどうかで決める」という行動基準に従った結果として今の高野氏がある。
「間違う力」というタイトルは「間違っていてもいいから、とにかく自分が面白いと思うことをやり続けろ」という意味だと解釈した。やらないと何も始まらないし、長くやっていると何かが起きる。