あらすじは以下の通り。
本当にそんなことがありえるのか?
世界の辺境を旅する高野秀行も驚く "朝昼晩、毎日、一生、大人も子供も胎児も酒を飲んで暮らす" 仰天ワールド! 話題騒然の「クレイジージャーニー」の全貌が明らかに!
幻の酒飲み民族は実在した! すごい。すごすぎる......。 改めて私の中の常識がひっくり返ってしまった。 デラシャ人は科学の常識を遥かに超えたところに生きている── 朝から晩まで酒しか飲んでいないのに体調はすこぶるいい!
出国不能、救急搬送、ヤラセ、子供が酒を飲む... まさか「クレイジージャーニー」の裏側で、 こんな"クレイジー"なことが起こっていたとは!?
目撃者たった一人のUMA状態の酒飲み民族を捜しに、 裸の王様に引率された史上最もマヌケなロケ隊が、 アフリカ大地溝帯へ向かう!
TBS のテレビ番組「クレイジージャーニー」の取材の一環でエチオピア南部に存在する酒を主食とする人々「デラシャ」の村を訪れた著者による旅行記。著者の高野氏は「謎の独立国家ソマリランド」など様々な辺境を旅したノンフィクションで知られており、氏の本を読んだ方であれば絶対に楽しめると思う。ちなみに著者によると同番組では本書で行われた取材の大部分がカットされているそうなので、クレイジージャーニーを既に見た人も安心して欲しい。
高野氏は原則的に1人か旅慣れた少人数で行動し現地のコーディネーターを探して自分で旅路を切り開いていくスタイルだが、本書はテレビ番組のロケということもあり自由に行動できない。そのこともあって、現地では様々なトラブルが起きる。例えばクレイジージャーニーといえば一度ヤラセが発覚して番組が休止となったことがあるが、本書ではなんとテレビ側がヤラセを仕掛けられ高野氏とディレクターがそれを見破る場面がある。
さまざまなトラブルを経てたどり着いたデラシャの村では、子供や大人、老人や入院中の病人、妊婦まで皆が「パルショータ」と呼ばれる濁り酒を飲んでいる。これはモロコシの一種を特殊な手順で発酵させたもので、デラシャ人は基本的に固形物をほとんど食べずひたすらこれを飲み続けている。
酒を一日中飲んでいると聞くとだらしない酒浸りの姿が思い浮かぶが、デラシャ人はみな普通に酒を飲みながら普通に働いている(飲酒運転はしていないようだ。そもそも自動車がない...)。畑仕事をしている親子が5リットルのポリタンクに入った酒で朝から晩まで活動していたり、酒を「主食」としているといっていい。綺麗な水が貴重で食料の大量保存が難しい環境に適した食生活と言えるかもしれない。酒は煮炊きする必要なく一日陽にさらされても傷まないし、持ち運びも楽で好きな時に飲める。
だらしがないどころか、デラシャ人は栄養状態がいいはずのエチオピアの首都に住む人々より背が高くて体格の良い人が多く、高血圧や糖尿病といった多量飲酒につきものの病気も見られない。
本書ではベテランのノンフィクション作家である著者の視点から「酒を主食とする人々」がいったいどのような生活をしているのか、どのような背景でそうなったのか、近年起きている変化などを分析している。自分が全く見たことない世界で、こんな生活をしている人間が存在するということに驚きっぱなしの本だった。エチオピアは2000年前から文明があるしヨーロッパに占領された期間が非常に短いので、デラシャのような変わった(?)民族が他にもいるかもしれない。
エピローグの以下の箇所が特に印象的だったので、そのまま引用する。
彼らは決して「遅れている」わけではない。「自然と共生している」わけでもない。コンソ人もデラシャ人も強烈なデベロッパーであり、自然を作り替え、コントロールしようとしていた。酒を主食とする食生活もやむをえずそうなってしまったのではなく、意識的につかみ取ったものだろう。その意味では現代の日本人や西洋人と同じだ。ただし、「進んだ方向性がちがう」のである。だから西洋文明が世界基準になってしまった今、「遅れている」ように見えるだけだ。
私は前から西洋文明に席巻される前は他にも進んだ文明があちこちにあったはずだと思っていたが、今回コンソ・デラシャを見たことで確信に変わった。エチオピア南部には他にもさまざまな「秘境民族」がいるが、その人たちもたぶん「進んだ方向がちがう」数多くの民族(人間の集団)の生き残りなのだろう。かつてはアフリカのみならず、アジアやアメリカ大陸、オセアニアにもたくさんいたはずのそういう独自路線というかインディーズ系文明の人々は西洋文明の侵略とともにどんどん数を減らし、あるいは同化されていったのではないか。
デラシャの人々は日本や西洋医学の一般的な常識から外れた生活をしているが、数百年にわたって同じ地域で生き続けてきた。ある方向から見ると遅れてるように見えるても、視点によっては遥かに進んでいると言える文化はたくさんありそうだし、そういった観点を学べる良書だった。