感想: バッタを倒すぜ アフリカで / 前野ウルド浩太郎

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あらすじは以下の通り。

アフリカで研究を始めてはや13年。ようやく極秘裏に進めていたメインの研究成果を論文発表することができ、学術的要素をふんだんに盛り込んだ本を執筆できる準備が整った。

そのメインの研究とは、サバクトビバッタの繁殖行動について調査したものだ。具体的には、バッタの雌雄がいかにして出会い、結ばれ、産卵しているのか、その一連のプロセスを明らかにしたものである。研究者として、論文発表前の研究成果を公の場で書き記すことは控えるがのがしきたりのため、これまで執筆することはできなかった。(「まえがき」より)

日本、モーリタニア、アメリカ、モロッコ、フランス――世界中を飛び回ってのフィールドワークと実験は、深刻な食糧危機の原因となるバッタの大量発生を防ぐ可能性を持っていた!画期的な研究内容がいよいよベールを脱ぐ。

アフリカで大発生し深刻な農業被害をもたらす越境性害虫サバクトビバッタ(以下、単に「バッタ」と呼ぶ)の研究に人生を捧げ、現在はその防除技術開発に従事する著者が自身の研究過程と成果をまとめた本。同著者の「バッタを倒しに アフリカへ」の続編であり、前作では(論文発表前のため)触れられなかった著者のメインの研究内容を取り上げている。研究の主題となる仮説は本書で「集団別居仮説」と呼ばれている。

著者は西アフリカの国モーリタニアにおけるフィールドワークで遭遇したバッタの群れを観察し、その性比が昼間はオスに偏り夕方から夜にかけてメスが増え交尾と集団産卵を行うことを発見した。著者はメスが産卵のときだけオスの群れに飛来して交尾し、それ以外では別居しているという仮説を立てた。

このように交尾の時だけオスとメスが集まる場所は学術的に集団求愛場<Lek>と呼ばれ、鳥類などでよく観察される。しかし、バッタについては著者以前にそれらしき研究はされていなかった。現地では経験的に知られていたようだ。

バッタのメスは、オスと同居していると不必要にマウンティングされる。これはオスの方が繁殖サイクルが短く、交尾を終えたオスが次に交尾できるようになるまでが短いためだ。一方で、メスは卵を産卵可能な大きさまで育てる必要があり、オスより繁殖に復帰するまで時間がかかる。

メスはオスにマウンティングされた状態では著しく機動力が低下し、さらに産卵中は生殖器を地面に差し込むため無防備になる。その間はオス同士の争いにより傷を負ったり、天敵に襲われて死ぬリスクが上がる。なお、オスの体はメスに密着できるように爪が進化しており、メスはオスによるマウンティングを自力で跳ね除けることはできない。

つまり、バッタのメスは常時オスと一緒にいると不必要なマウンティングで死ぬ可能性が上がり、その分だけ子孫を残せる確率が下がると考えられる。バッタはこのような性別による利害対立<sexual conflict>を解消するために別居していると考えられる。

別居はオス側にもメリットがある。まずオスの群れに飛来するメスは性成熟しているので、オスは産卵準備ができたメスだけと出会える。また、受精卵に使われるのは最後に交尾したオスの精子なので、オスは交尾後産卵までメスを他のオスからガードしなければならないが、交尾のときだけメスと会えばその時間が短くて済むので、結果的により多くのメスと交尾できる可能性が高まる。

本書では著者がどのように上記の仮説に辿り着いたか、先行研究にはどのようなものがあるか、フィールドや実験室でどのような調査・検証を行ったか、現地でどのような生活をしていたのか、共同研究者や協力者との交流、論文執筆と研究者としての生き方など様々なトピックを扱っている。できるだけ専門用語や学術論文的な言い回しを避けて一般向けに書かれており、素人の自分でも分かりやすかった。

バッタの繁殖行動を解明することは、その防除活動に大きく貢献する可能性がある。例えば、現地では飛行中のバッタの群れに農薬を散布するような活動が行われていたようだが、あまり効果はなかったようだ。集団別居仮説に従えば、移動中の群れはオスかメスに性比が偏っているはずだ。夕方から夜にかけて交尾が始まった群れならオスとメスの双方を効率的に駆除して次の世代の誕生を防げるし、農薬を使う必要すらない。

本書は一人の駆け出し研究者がバッタの繁殖行動の謎に気づいて仮説を立て自分でそれを検証して論文として発表するまでの13年間の紆余曲折を描き、それがハイインパクト雑誌(PNAS)からの論文発表と著作のベストセラーという形で結実するまでを描いたアカデミックな闘いの記録だった。バッタの繁殖行動に好奇心を抱く人は少ない(?)だろうが、自身の好奇心に執着する一人の人間が仲間や知識を集め力強く先に進んでいく姿は多くの共感を呼ぶと考えられる。前作は25万部以上売れたそうだ。

私は研究者でも何でもなく半年くらいただの無職をやっている独身だが(無職の方はそろそろ辞める予定)、著者を見ているともっと好き勝手、もっと自分の好奇心に忠実に生きていいんだなという気持ちが湧いてきた。

@llll
経理 → プログラマー