『ドラゴンクエストⅥ 幻の大地』が一番好きな理由

ラブムー
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公開:2024/3/25

昨日ドラクエⅢの名曲「おおぞらをとぶ」について書いた流れで、「一番好きなドラクエ」というお題で書いてみたい。ただこれ、自分にとってはかなり大事なテーマなので、いったん軽い草稿のつもりで書いてみます。うまくまとまらなかったらすみません。

※なお、自分は初代〜Ⅺまでリアルタイムでプレイしてきた古参ドラクエファンだが、Ⅹは未プレイ、Ⅺ(過ぎ去りし時を求めて)はPS4版を発売日に購入したものの、中盤で放置してしまった(続きは近々渋々やる予定)ことを明記しておく。

結論から。自分がもっとも好きなドラクエナンバリングタイトルは『ドラゴンクエストⅥ 幻の大地』(以下ドラクエⅥ)だ。2番目、3番目に好きなドラクエは時期や気分によって変わることも多いが、これはおそらくずっと変わらない。ただ、これに関して知人の同意を得られることはあまりなかったように思う(同意見のドラクエファンの方、いらしたらぜひお声がけください)。

Ⅵと言えば、ビアンカVSフローラ論争を巻き起こしたⅤ(天空の花嫁)と、初のPS作品として大きな話題を呼び、売れに売れ、しかしバグやその内容から批判もかなり多かったⅦ(エデンの戦士たち)の狭間で、あまり強いインパクトを残さなかったナンバリングタイトルというイメージが強いかもしれない。

もし数多の古参ドラクエファンたちからランキングを取って集計したら、おそらくⅥを1位に挙げる人は少ないのではないか? 自分はどちらかと言えば、ひねくれ者というか、スノッブで面倒なタイプの古参ドラクエファンだと自認している。ただ、「人気なさそうだから」という理由で本作をオールタイム・ベストに選ぶほどよこしまなファンではない(はずだ)。

では、ドラクエⅥの何がそこまで自分を惹きつけたのか?

ドラクエⅥが一番好きな理由のひとつは、Ⅵが異なった、しかし何処かで重なった「ふたつの世界」を内包する、そのオリジナルな世界観である。

言わずもがなドラクエⅢも、地下世界アレフガルドと「その上」の世界という2層世界であった。しかしⅥの二層世界はⅢのそれとは違い、同じ位相に属してはいない(キャラクターや地形など、重なり合う部分は多々あるものの)。

言うなれば、ドラクエⅥの世界①は「イデア界」であり、世界②は「現象世界」のような世界である。一見、②が現実世界であり、①が夢の世界のように見える(この印象はプレイするうちにじょじょに変化してくるのだが、それについては後述したい)。

ところで、「二層世界」を扱った、先行する有名小説で多くの方が想起するのが、村上春樹『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』だろう。僕はドラクエⅥは、『世界の終わり〜』のオマージュ的な作品ではないかと当時から感じていた(これに関しては、現在ではほとんど確信を持っている)。

『世界の〜』を読んだことのない方のために簡単に説明すると、この作品でも「2つの世界」が並行して描かれる。世界①はライトSF&ハードボイルドな現実世界で計算師として働いている男、世界②はフランツ・カフカ『城』、リチャード・ブローティガン『西瓜糖の日々』の舞台を思わせるような幻想的で隔絶された街の中で、「夢読み」という不思議な仕事に従事する男の話である。作中では2つの世界が並行して描かれ、最後にはひとつの世界に結実する。

初代ドラゴンクエストが発売される前年、1985年に刊行された『世界の終わり〜』。本作は所謂「国産RPG」に多大な影響を及ぼしたと筆者は考えている。たとえば糸井重里氏が『MOTHER』を作ろうとしたことは、DQはもちろん、『世界の〜』の影響も相当強かったのではないだろうか(これは筆者の想像に過ぎず、糸井重里が言及したわけではない)。

ドラクエⅥの二層世界も、やはり『世界の〜』に着想を得ているように見える。しかしドラクエⅥの凄みは、『世界の〜』の影響を感じさせながらも、オリジナルな、そしてまったき「ドラクエ的」二層世界を生み出したことだ。

ドラクエⅥの主人公は2つの世界を、井戸(ちなみに井戸は村上春樹作品に頻繁に登場する。また余談だが、ドイツ語の「IDEE」は「イデア」と同義である)に入ることによって行き来する。2つの世界は地形もよく似ているし、同じ名前の土地、同じ名前のキャラクターが登場する。しかしこの2つの世界はあくまで異なる世界である。同じ名前を持っていても、異なる位相・異なる存在なのだ。

こうした世界観・着想に、当時の自分は強く打たれた。前作にあたる『ドラゴンクエストⅤ 天空の花嫁』のごく人間的で、ドラマチックで(そのシナリオには同時代の人気RPG『ファイナル・ファンタジー』への意識もあったように思う)扇情的なストーリーが自分はあまり好みではなかったこともあり、本作がそれまでのドラクエの集大成的作品であると同時に、哲学的、現象学的な世界観が伏流していたことに、胸のすくような思いがしたのである。ここには後年、海外文学や哲学に惹かれ、文学・哲学を専攻することを決めた自分を誘う端緒となるような「何か」があった。

次回はその「何か」についてもう少し突き詰めて考えてみたい。

(続きます!)

@lovemoon
ポップカルチャーとゲームをこよなく愛するライター/ゲーム翻訳者。文筆/創作/翻訳(英→日)I love writing, literature, music and poetry. 『名曲喫茶 月草(2012-2020)』元店主 bsky.app/profile/lovemoon.bsky.social