ありがとう『響け!ユーフォニアム』、ありがとう黄前久美子

しお
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公開:2024/7/4

TVアニメ『響け!ユーフォニアム』の3期放送が終わり、シリーズが完結を迎えた。

息が止まるほど緊張して、めちゃくちゃ泣いて、最終回では雨上がりのように気持ちが澄み渡った。主人公たちの3年間が終わってしまうことをこの上なく寂しく感じるけれど、物語の中で彼女たちが生きているからこそ時間が進むことは止められないのだと、納得させるだけの力がこの作品にはある。

この記事は具体的なネタバレをほとんど含まない、ユーフォという作品全体と主人公への感想です。


私にとって「こうなりたかった」と憧憬の気持ちで眺める永遠の青春は『けいおん!』だ。小人数の軽音楽部で楽しくバンド活動をする主人公たちの、3年間という限られた高校生活のきらめきをまるごと優しく描いている。

それと対を為す形で「こうなれなかった」と唇を噛むような気持ちで見つめる青春が『響け!ユーフォニアム』だ。主人公が所属する大人数の吹奏楽部を舞台に、綺麗ごとばかりではない人間関係や次々に直面する困難を経て、3年間という限られた高校生活の全てを吹奏楽に捧げることの厳しさとそれを超えたところにある喜びを描いている。

高い目標を真剣に目指すがゆえに衝突してしまう実力主義者と、誰も取りこぼさず仲良く部活を続けたい平和主義者。最後の大会でソロパートを吹きたい3年生と、実力でその座を勝ち取ってしまう新入部員。顧問に厚い信頼を置く上級生と、采配に理不尽を感じて反発する下級生。真っ直ぐに音大を目指す者と、才能の限界を悟って別の道を選ぶ者……

立場、方針、派閥の違いが生む集団ならではのひりついた空気感があまりにもリアルで、学生時代を思い出して胃が痛くなるので見ないという人もいるほど、見る側の心を素手で掴んで揺さ振るのが『響け!ユーフォニアム』だ。

しかし人間関係の煩雑さにいたずらにフォーカスする作品では全くない。部員それぞれが自分の抱える問題に向き合い、互いにぶつかりながらも歩み寄り、音楽を介して通じ合っていく。それらは全て、毎年メンバーの変わる高校の吹奏楽部が志高く上を目指し続けるために避けては通れない出来事であり、吹奏楽と向き合い続ける彼女たちの苦くて輝かしい青春そのものとして希望と共に描かれている。

私は中学・高校と団体競技の運動部に所属していて吹奏楽部でもなければ目立った実績も残せなかったけれど、ユーフォを見ているとレギュラーの座を巡る静かな攻防、上手くないのに大した努力もできない自分の不甲斐なさ、放課後も休日もずっと一緒に過ごした仲間たちを昨日のことのように思い出す。そして彼女たちのように全力で青春を賭けることができただろうか、一片の悔いなく力を注ぎ切ったと言えるだろうか……と自問しては後悔に似た気持ちが心の奥底で墨汁のように黒々と広がるのを感じ、その反動で彼女たちの眩しさに全身を焼かれたくなってしまうのだ。


そんな『響け!ユーフォニアム』のリアリティラインを極限まで押し上げているのは、予定調和を許さない緻密な脚本であり、まつ毛の先から楽器の反射まで行き届いた細やかな作画であり、そして黄前久美子を演じる黒沢ともよさんの血の通った声だ。

黄前久美子は北宇治高校吹奏学部でユーフォニアムを担当する主人公。演奏歴が長く腕前も良いが事なかれ主義的な性格で、自分の演奏も大会の結果もそれなりで良しとしてしまう諦観があった。しかし自他ともに厳しく理想を追求するトランペット奏者・高坂麗奈や、高校で出会った顧問・部員たちとの関係によって、次第に他者と、そして吹奏楽と真剣に向き合うことになる。

1期1話を見たときからずっと黄前久美子はこの世に存在しないキャラクターだと到底思えず、絶対どっかにいるでしょこの人……と思わせる存在感があった。

隙があって危なっかしいが簡単には折れない強さがあり、言葉の扱いが迂闊だけど時折とんでもない説得力を発揮し、素直じゃないけれど詰められると嘘がつけず、不器用なのに驚くほど冷静で俯瞰的な面があって、簡単に踏み込ませると思いきやどこか一線引いている。根っからお人よしという感じでもないのに積極的に貧乏くじを引き、振り回されるタイプながら無自覚に人を振り回し、人並みにずるさや計算高さを持ち合わせているが泥臭く正直な生き方を選び、高坂麗奈に対して特別でありたいと背伸びをしつつ調子に乗って不遜な態度を取ってみせる余裕がある。

なんなんだ、黄前久美子。人間がすぎる。

私はあらゆる創作作品でどのキャラクターが好きかを考えるとき、主人公を無意識に除外してきた。しかし「ユーフォで好きなキャラクターは?」と聞かれると迷わず「黄前久美子」と答えるし、同時に「でもキャラクターというより実在してるっていうか、好きというより危なっかしくて目が離せないというか……」とゴニョゴニョしてしまう(この前友達に聞かれてほんとにそう答えてしまって自分でもどうかと思った)。

作中で彼女は精神的に幾重にも成長するのだけれど、芯のところはずっと変わっていなくて、最終回の最後の一言まで一貫して黄前久美子であり続けた。他作品でも同様に感じたことがあるが、黒沢ともよさんの記号的でない生々しい演技、ひいては物語と登場人物を解釈する力には本当に頭が下がる。

↑黒沢ともよさんの、3期最終回の直前インタビュー。とても濃密な記事だけど大事な大事なネタバレが含まれるので、3期12話まで見た人向け。

↑黒沢ともよさんの声で3期前までの物語をまとめた約20分の紹介動画。黄前久美子詰め合わせパック。視聴済みで振り返りたい人向け。


黄前久美子が作品そのものすぎるので彼女の話ばかりしてしまったけれど、彼女と特別な関係を築いた高坂麗奈をはじめ、全ての登場人物にそれぞれの魅力と物語がある。最終回ではいつも画面のどこかに映っていた部員一人一人の顔と名前があらためて示され、ここにいる全員の、そして卒業していった先輩たち全ての努力が今この瞬間の北宇治高校吹奏楽部の音楽を生み出しているのだと実感した。

青春を賭けた三年間が終わった後もそれぞれの人生は続いていくし、部そのものも新たな世代に想いを受け継ぎながら、きっとずっと続いていく。

2015年春の1期放送から、いくつかの劇場版も含めて9年。2019年には凄惨な事件があり、亡くなられた方のお名前をスタッフロールに見つけるたび胸が締め付けられる気持ちになる。それでも志を継いで物語を最後まで届けてくれたことに深い感謝を捧げたい。

原作の武田綾乃先生、京都アニメーションを中心としたクリエイターさん、声優さん、携わったすべての皆様。素晴らしい作品をありがとうございました。

@m_shiroh
140文字以上の文章を書く練習をしています。自己紹介代わりの記事リンク集はこちら→ sizu.me/m_shiroh/posts/kk0dbd40xv71