ものすごくカッコいいヒラムシがいる。体色は青いほどのシャープな黒。背筋に生成りのわずかに光る線がふたすじ伸び、腹面のへり(ひらひらのとこ)にも同色の縁どりがついている。あまりにカッコいいので、世の人には「ひらひらのとこ五キロある」とか言われているし、そのカラーリングをして「ヒラムシスタイル」と呼称がついていたりする。
このシンプルで美しい、ミステリアスなヒラムシ。日頃あまりに輝かしいひらひらを翻して海底を這ったりふよふよ泳いだりしているこの神の恩寵の如き生きものが、さてどんなことを考えて這ったり泳いだりしているのか、気にならないだろうか。私は気になる。超気になる。
気になったので、ヒラリンガルを開発してみた。ヒラムシ、いやヒラムシさんとの対話が叶う世紀の大発明である。
ヒラムシさんにアポを取り付け(さらっと書いているが、そう簡単ではなかった。なにせ事務所ガードが水族館のアクリル水槽のごとく厚い)、とうとうその日がやってきた。緊張でもはや手汗はびちょびちょ、うちのシャワーヘッドと交換したら水圧が改善されそうな状態である。
応接水槽の中で逸る心臓をなだめながら待機していると、ついに……パシャッと音を立てて水面が波打った。マネージャーさんに伴われて、ヒラムシさんが入ってきたのである。ヒラムシさんはふやあ……と落下してきて、目の前に座った(?)。うわあヒラムシさんが目の前にいる。本当にひらひらが五キロある。どうすればいいんだ。いや、当初の目的を思い出せ。暴れ転がりまわる内心を制し、とうとうヒラリンガルのスイッチを入れる。
シュコー、こんにちは、はじめまして。お話できてとっても光栄ですフシュコー。今日はヒラムシさんにお伺いしたいことがあって来ました。ヒラムシさんて――
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自宅に帰ってきた私は、どっかりとベッドに身を投げ出すと、コンビニで買ってきたバッカスを乱暴に開けて三粒くらい同時に口の中に放り込んだ。SNSでも見ようとスマホを探してポケットに手を突っ込むと、例のいまいましいヒラリンガルが出てきた。私はそれをしばらく眺めた後、ぽんと口に放り込み、かりこりと噛み砕いていろはすで胃に流し込んでしまった。
機械はうまく作動しなかったか? いや、……いや、そうかもしれない。機械のせいだったかもしれない。そういうことにしておこう。
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注:これはひらひらのとこが五キロあるひときわかっこいいヒラムシの話であって、ヒラムシという種全体の話ではない。ヒラムシはかわいい。