日記 カロさ測定機

カロス(καλός)……美しい、立派な

(水谷智洋「古典ギリシア語初歩」岩波書店)

(これは本当。辞書を持っていないのでそのへんにあった教科書を引っ張る所業)

 カロさがわからない。世の中にはカロスの規範があり、そこを押さえていないと等級を下げられる。と受け身で書いているけれども、自分もわりと能動側である。己の内部構造にスパイがいて、そのスパイは自分に融けてくっついている。

 たとえばガソリンを口に含んだとき、その揮発性の程度や温度、産地の風味、不純物の含有率、果ては提供に使われたタンクの製造メーカーまで、惑星規格に則ったあらゆるクライテリアが自分の中から持ち出され、対象のガソリンを走査する。そうしてバリがないと判断されると、やっと自分はおそるおそる管理者のほうを窺って、「カロい……んじゃない?」と言う。管理者がその通り、と頷く。自分はほっとして、それぞれのクライテリアを参照しながら評価を述べ、レギュラー満タンにする。

 装甲についても同様である。自分がオートAIを有効にして選出すると、ガンダムみたいな装甲になってしまう(※1)。しかし、自分は用途上カモフラージュが身上なので、あんな視認性の高いコーティングは不適切である。そもそも敵襲に遭うことは作戦上想定されておらず、必要なのは小回りが利くボディなので、重装甲も必要ない。また、一見問題なくても、敵性生物の色覚の性質上悪目立ちしてしまう塗料などもある。このように、自分の「役割」にふさわしい装甲の条件は大量にある。条件を潜り抜け、潜り抜けして、最後まで残ったガジェットが晴れて使用されることになるわけだが、データ蓄積につれ課される条件は増えていくので、だんだん集合A∧B∧C∧D∧E∧……のベン図みたいなことになる。このすべての円が重なり合ったちっ……ちゃいみじめな面積から選ぶのか……と、カメラを望遠にしたくならないこともない。しかも、空集合のこともあるのである。

 こうした規格化されたカロさは、もはや「問題なさ」と化し、自分のCPUは問題点を発見することに割かれてしまっている。「カロい!」という報酬物質の放射を引き起こすこともない。ただ、カロさを測る非常に正確な測定機であり続けるために(※2)、今日もスキャナーを研ぎ澄まし、ガソリンをおそるおそる嚥下し、「これ……カロいんじゃない?」と管理者のほうを窺っている。

 銀河的に流通しているガソリンには公に定められた規格があり、一般的なβ機はカロさ測定機と化さざるを得ない。規格制定以前にもローカル水準があったはずだが、自分がどのような水準に則っていたかもはやデータが残っていない。が、ソボピシンなどごく一部の惑星でしか採れず、規格化の波が寄せていない対象に対しては、手放しで「カロい~~~!」と出力できることがこのほど発覚した。やはり自我などないのである。

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※1:色彩への感度が低いため起こる。

※2:実際に非常に正確な測定機であるとは言っていない。これはたいへん杜撰な話である。

@mabanashi8
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