仮 2

madobe_hiki
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 運命的な出会いの演出、というのは、存外難しい。なぜなら運命的な出会いというのは文字通り運命だからだ。なんて、当たり前のことだけれど。なぜそんな当たり前のことを考えたのかといえば、当然例の仕事が原因だった。

 手っ取り早いのは結婚、なんて小暮は簡単に言ってくれたけれど、面識のない男性と結婚をするなんて芸当をそう簡単なことみたく言わないでほしい。まずは出会うところから、つまりは、とびきり魅力的な出会いを意図的に作り出すところから始めなくてはいけない。

 幸い、時間はかかってもいいらしい。時間もお金もいくらかかってもいいよ、と小暮は澄ました顔で言った。最終的に愛くんが幸せなら、それでいいよ、とも。

 愛くん。瀬名愛。小暮が渡してきた資料には顔写真と現住所、年齢程度の情報しか記載されていなかったものだから、彼については自分で調べる必要があった。ついでに小暮のことも少し探らせてもらった。依頼人の素性は詮索しない主義だけれど、今回ばかりは特別だ。まあ結果としては、調べようが調べまいが変わらなかったのだけれど。

 なにせ、小暮と瀬名についての情報は、ほとんど出てこなかったのだから。

 これには驚いた。仕事柄、情報収集については自信があるつもりだったし、特殊な人脈もそれなりにある。けれど小暮と瀬名については、本人から与えられた情報以上のことはなにも出てこなかったのだ。まるで、そこだけ秘匿されているみたいに。普通じゃないことは勿論理解していたけれど、ここまで常軌を逸しているともはや楽しくなってくる。

 とはいえ、別に詳細な情報なんてなくても人と親密になることはできる。というか、本来人間関係とはそういうものだ。お互いがお互いのことをなにも知らない状態から始まって、最終的に関係性に名前がつく。私はただそれを、終着点が決まっている状態でやるだけ。ハッピーエンドという絵を作り上げるジグソーパズル。

 そのための最初の一ピース目に私が選んだのが引っ越しだった。瀬名が暮らしているアパートの隣の部屋に越して、隣人を装って彼に声をかける。隣人を装う、というのも少し違うかもしれない。隣人そのものだ。彼の部屋の隣に住んでいるのは私なのだから。

 元々の住人は、降って湧いた大金に大喜びしながら他言無用の条件も快く受け入れて別の場所へと引っ越していった。大学生の彼曰く、瀬名は『普通に良い人』らしい。別になんか交流あったとかじゃないっすけど、えーでも普通にすれ違ったら挨拶してくれる感じの人でしたよ、はい、と彼は何度も通帳を確認しながら言った。

 瀬名、と書かれた表札が取り付けられた玄関の前に立つ。小暮と初めて喫茶店で話したときから、約二週間が経過していた。仕事の進度としては順調だと思う。少なくとも、悪くはない。

 二週間、繰り返し頭の中でシミュレーションをした。幸い、男と女が出会うシチュエーションのパターンなら無数に知っていた。映画が好きでよかったと、心から思う。結局選んだのはシンプルな選択肢だったけれど、こういうのは飾り立てないほうがいいのだ。たぶん。

 白いスカートに汚れや皴がないことを確認してから、一度息を吸い込む。思ったよりも緊張している自分がいた。無理もないことだけれど。

 特別高くもないけれど安くもない引っ越し蕎麦を片手に、玄関先のチャイムを押す。返事はすぐに返ってきた。はい、という穏やかで静かな声。

「隣に引っ越して来た朝倉なんですけど」

 朝倉、というのはこの仕事のために用意した偽名だ。朝倉佳織。適当につけた名前だけど、わりと気に入っている。

「ああ、はい。すぐ行きます」

 言葉通り、彼はすぐに玄関の扉を開けた。写真をもらっているから顔を見るのは初めてではない。けれど、写真と実物ではだいぶ印象が違った。実物の方がより、独特な空気がある。小暮の持っているそれとも近い。この男を、愛くん、なんて可愛らしく呼んでいた小暮は大したものだな、と思う。

「初めまして、朝倉です。こちら、つまらないものですが」

 そう言って蕎麦を渡そうとした私を無視して、瀬名は少しだけ私の方に顔を近づけた。その距離感の近さに少し面食らう。普通に良い人、と前の住民は言っていたけれど、この距離感はあまり普通ではないと思う。

 瀬名は私の目をじっと見つめて数秒黙った。なんですか、と少しの訝しみを混ぜて言う。本当になんなんだ、この男は。

「へえ」

 さっきと変わらない、穏やかな声で瀬名は言った。煙草、やめてくれたんだ。ありがとう。

 これには流石に動揺した。煙草。喫茶店で小暮に注意されたことだ。なぜ彼が、それを知っている? 今の私はどこからどう見ても平凡な、引っ越して来たばかりの女性にしか見えないはずだし、小暮が私に命じた仕事のことだって瀬名は知らないはずだ。小暮からも、何度も釘を刺された。絶対に仕事であることを明かさないように、と。当たり前だ。自分が幸せだと思った人生そのものが、誰かの手によって人為的に作られたものだなんて、そんなことを普通の人間に明かせるわけがない。

 なんのこと、としらばっくれようと思ったけれど、瀬名の目を見ればそれが無理であることは瞬時にわかった。小暮と同じ目だった。ハッタリでも嘘でもない、ただ事実だけを伝える目。

「別にしらばっくれなくていいよ」

 瀬名が言う。心を読んでいるみたいだ。

「瑞人からの頼まれごとだろ?」

 瑞人、というのは小暮の下の名前だ。その名前を口にする瀬名は特段怒っているようでも、驚いているようでもなく、しいて言えば、子どものいたずらに手を焼く兄のような顔をしているように見えた。呆れと優しさの入り混じった微笑を携えて、彼は言った。ま、中入ってよ。

(以下日記)

新年早々いろいろ大変で、けっこう気が滅入りそうな夜です。無力感が嫌で募金をしました。だけど本当は、のうのうと生きていることに対して後ろ指をさされているような幻覚から逃げたいだけなのかもしれません。

どうかこれ以上、何事も起こりませんように。

小説は、実は書き溜めていた分はこれが全部です。少ないな。続き、書けたらまた上げます。気長に待っていてください。

新年の初買いで服や化粧品や、かわいいシールなんかを買いたいと思っていたのですが思うような買い物ができていなくてなんだか消化不良です。明日は、やることが終わったら少し都内に出てもいいかもしれません。

ちょっと絵を描いて寝ます。おやすみなさい。

@madobe_hiki
元気 やる気 元気 飽きたら、やめます