とっっても面白い作品だった! イーガン長編ではリーダビリティNo.1かも。間違いなくハリウッド映画化されているだろうと検索したが見つからなかった……本当に??
なんとなく機会がないまま今に至り今回が初読だった。あっち側視点の原題/こっち側視点の邦題という組み合わせが内容にぴったりで、作品世界の表現に一役買ってる気がする。タイトルへの凝った仕掛け、なんて素敵なのだろう。
適切な用途のモッドを脳に導入することにより、感情コントロールが容易になり仕事への支障が取り除かれる、というのは今はSFの定番になっている。30年も前にこんな自然に「ありそうな未来」として世界観を構築したイーガンさすがイーガン。
そんな中、強制的に特定の対象への強固な忠誠心を植え付けたり、量子世界のすべての可能性を展開しそこから任意の結果を固定させる実験的モッドをインストールさせこき使う様子はブラックでありホラー感もあって薄ら寒かった。BDI社は依頼された仕事でのターゲットではあった、が、その後否応なく&なすすべ無く取り込まれてゆく過程も怖かった。
主人公ニックが、量子拡散させ収縮確定しながらビルに侵入するシーンは緊張感がありつつも面白かった。元警官なのにな…! 見張り達が一斉によそ見するのか…! 不安になったらサイコロ…! ちょっとピンゾロ賽みたい…! 等色々と考えながら熱い展開に夢中だった。この辺りはまだ拡散継続しているだろうなと迷わず読めた。
劉との心理戦も良かった。この辺りから拡散と収縮が入り乱れる場面が続き、集中しないとどうなっているのか分かりにくいと思う。が、この切迫した感じとか瞬間的な変化、スリリングなスピード感は映像で観てみたい! 本当に映像化されて欲しい。この先のニューホンコン地獄絵図は年齢制限掛かりそう過ぎるけれども。
量子の世界に生きる存在を知らず虐殺しまくる人間(からの観察)というテーマがこの上なくイーガン。人間にとっての時間を経るごとにより遠くまで観察可能になってゆくのは(その量子世界の存在達には時間の経過さえ無いけれど)死活問題だろうし怖かっただろうな……。それぞれの特性ゆえ共生は難しそう。バブル構築も仕方がないと思ってしまった。
最初からずっと一貫して亡き奥様(カレン)データを多分モッドとして導入している主人公の病みが良かった。たまに傍らに現れ、それは常に迎合するだけではなくて、予想外の反応だったり否定もあったり、また生前配偶者の強化状態を良く思わないでいたところまでかなり忠実に再現されている高級品に思える。そしてなにより、ニックはこのカレンモッドを完全に隠して生きているのが「頻繁に強化せずにはいられない」状態なのかと想像がついて堪らない気持ちになる。愛情なのか執着なのか本人にも分からなくなっているのが癒えない傷らしく読んでいて痛かった。
ラストバトルではエンドアメーバ拡散阻止の為に必死の攻防をしたニックは世界の拡散展開と収縮確定を繰り返し、選び得た最善かどうか判然としない結末を見た。それでもスーパーマンでも何でもないニックは全力で努力したし、離れた場所にいた玻葵も頑張ったと思う。たとえこの結末が絶望的な景色であったとしても……と思った瞬間とんでもない名前を読み驚いた。まさかまさか! そういう世界線を選び確定させたという事!? なんと……なんと……。
奥様を喪う直接原因である宗教団体こそが宿敵だと考えていて、いつ大挙して出てくるかな? これからかな? とどきどきしながら読んでいた。《奈落の子ら》というネーミングも不気味で何かありそう感が凄くて勝手に期待していただけに、後半は出番がまるで無くこの宗教団体に関しては少々肩透かしだった。
訳者・山岸真さんのあとがきに
原文は基本的に現在形で書かれている。
とあり興奮した。仕掛けに気付いた読者は感動増すだろうなーこういうの。
地球上でのみストーリーが展開し、量子世界などは出てくるけれど理論は基本的な部分のみで現象は割と分かりやすいと思える。人間同士の思惑が激しく交錯するスリリングで目が離せないドラマが連続して、イーガン作品の中でもとても読みやすい作品だと感じた。人の、優しい気持ちや諦めきれない愛情執着描写も良かった。