私が戦争を自分にも起こりうるかもしれない…とやんわり身近に感じ始めたのは2022年のロシアによるウクライナへの侵攻だった。
当時はちょうど前日に好きな配信者のリアルイベントに参加し、開催場所も地元。イベント後のふわふわした夜の空気を吸いつつ、家族に思いを馳せつつ、とても楽しかったなあ…と帰宅した。
しかし楽しかったイベントから一転、翌日のニュース報道で一気に不安になったのを覚えてる。
その後、石棺建設中のチェルノブイリ原発やザポリージャ原発に露軍が攻め込んで、電源喪失が続いた時は仕事をしていても不安だったし、「うわーっ!!世界終わったかもしれん…!!!」と恐ろしくて眠れなかった。現地の人のSNSで生々しい投稿を見て不安に駆られたのも忘れられない。
現地の人の、本や資料などの大事なものは破壊されてしまったけど、クラウドに残っていたデータは無事だった、という話が忘れられない。
息抜きに…と見たゲーム配信で銃声が聴こえてくるのもきつかった。
せっかくイベントも楽しかったのに、記憶が連続してしまい、配信者さんからも一度距離を取ってしまった。(数年経ってからまた追いかけられるようになったが)
外を歩いて飛行機が低空飛行する音を聞くのもきつかった。
元々不安になりやすい気質なのもあって、かなり食らってしまった。
足が弱った家族の手を引きながら、もし何かあったとき、どうなってしまうのかな…と考えたりした。それは単純な災害の時も同じだろうな…と思いながら、その時自分は多分逃げられないだろうなあ…とも思った。
その後のブチャの報道でもかなりショックを受けて、だいぶメンタルがいっぱいいっぱいだったのを覚えてるけれど、思ったほど周囲はそこまで悲観的ではなかったし、むしろ「なにそれ?」という空気だったような気もしている。
2023年にはパレスチナの歴史を初めて知って、自分はなぜ今まで知らなかったのかと落ち込んだりした。そういうことなんだろうな。
もともとウクライナ文化に興味があったのもあって、関連の展示会や、ウクライナ料理のお店に行ったりしたことがあるけれど、日本の人が、遠い国のウクライナの文化を知ろうとして、連帯してくれたことがうれしい、とお話しされていた。
もし自分が同じ立場になったとき、完全に世界から忘れられてしまったら本当につらいだろうと思うと苦しい。
父も母も小さいときに防空壕を体験している世代だった。
戦争の報道を見るたびに、せっかく生き延びた人たちに再び怖い思いをさせないでほしいと願っていた。
でもなんやかんやで今年はホルムズの絡んだ石油や物価の高騰で、そういう意味ではがっつり当事者になってしまったんだよな…と。
何をしたらいいのかも難しいけど、とにかく生活はしないといけない。
でも戦争のことを覚えておくことはできるし、考えることはできるし、ずっと忘れてはいけないと思う。