桜の思い出

maigo
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小学校の、道路を挟んで真向かいに、大きめの神社があった。

桜の木がたくさん植えられていて、春になると、神社の佇まいと相まって絵みたいに美しい風景になる。

満開になり、散りはじめ、桜吹雪の時期には、小学生たちは永遠に、永遠に、降ってくる桜の花びらをキャッチして枚数を競って遊んでいた。

ある日、学校からの帰り道、いつものように家が近い友人たちと神社へむかった。風がほとんどなくて、桜の花びらがちらほらしか降ってこない日だった。

最初はその少ない花びらをいかにキャッチできるか競っていたけれど、だんだんみんな飽きてきて、今日は帰ろうかみたいな雰囲気になったとき、一緒に遊んでいた友人のひとり、運動神経がよくてクラスでも目立つ存在の男の子が、桜の木の幹に飛び蹴りをした。

瞬間、わっと舞う桜の花びら。彼はそれを次々とキャッチして得意げにみんなに見せる。すげー!と他の男の子たちも桜の木を蹴り出し、やめなよ!と言っていた女の子たちも蹴り出し、舞う花びらと、木を蹴り続ける子どもたち。大人になってから思い返すと、ひどい絵面だ。

案の定、通りがかったおじいさんに、なにやってんだ!と怒鳴られ、誰かが逃げろー!と言い、小学生たちは放り投げていたランドセルを引っ掴み、神社の裏にある雑木林に一目散に逃げた。

この雑木林を抜けるのが家へ帰る最短ルートだったので、皆、ここを通ることには慣れていた。ある程度走って、神社のほうが見えにくくなったあたりで立ち止まって、あぶねー!とか、だからやめなって言ったじゃん!とか言っていると、突然、女の子のひとり、ゆきちゃんが泣き出した。

どうしたの?もう大丈夫だよ!皆が口々に慰めても、ゆきちゃんは何も言わない。おろおろしていると、ゆきちゃんはランドセルから自由帳と鉛筆を取り出し、こう書いた。

「声が出ない」

涙が落ち着いてきたゆきちゃんは何か喋ろうと口をぱくぱくさせているのだけれど、カスカスの、空気を吐いてる音くらいしか聞こえない。

バチが当たったのかな。男の子がぽつりと言った。「え?」「神社の木を蹴ったからバチが当たったんだ」「でもみんな蹴ってたじゃん」「これからみんな声が出なくなるんだ」

小学生というのはこういうのを心底信じ、心底怯える生き物だ。いつも騒いでばかりの男の子たちもこの時ばかりは静かで、ほとんど喋らず、めいめいの家路についた。

次の日、ゆきちゃんは学校を休んだ。

インフルエンザだった。

男の子が言っていた通り、私たちは次々にインフルエンザを発症し、みんな声が出なくなった。

今年全然桜咲いてないから、せめてもの、桜の思い出。