ただ「無価値感」と向き合うフェーズなだけだった

makicome1986
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公開:2026/7/1

うわ〜最近の気づきがえぐい。

プレゼントが多すぎる。

下の子の子育てがうまくいかないのは「役に立つことで自分の価値を証明したい」自分が起こしている出来事だった。子供のせいじゃなかった。

個人事業主になってうまくいってないのも、「役に立つ自分」という「条件付き」でしか自分を受け入れてない証拠そのものだし。

「役に立つ自分」しか受け入れられないのは、過去の自分がスネているから。

「役に立たない自分」にも価値があるし、

そもそも「自分らしく生きているだけで価値がある(知らないうちに役に立っちゃってる)」という原理があるのに、

それを過去の自分が認めてないだけ。

「そんなことないし!」「役に立つ行動しなきゃ、お金もらえんし!」と怒ってるというかスネてると言うか、意固地になってる。

というかそもそも兄弟が何もせずにお金もらえてたのって、生きているだけで価値がある証拠そのものなのに。

自分が同じ結果を手に入れられなかったからスネてるんだよね。お金欲しかったよね。何もしなくてもさ。

「お金」っていう道具をワンクッション挟んでるからややこしくなってるだけじゃないかな。

「お金」は「相手にとって価値があるものに払われる道具」なんだから、「祖母にとって兄弟の存在は価値があった」だけ。

「祖母がお金を払わなかったから、わたしには価値がない」はおかしい。

「わたしには生きているだけで価値がある」でもその価値にお金を払うかどうかは、相手にとって価値があるかどうか。

わたしの認識している価値と、相手にとっての価値は必ずしも一致しない。

(祖母に愛されている証拠がほしかったのかもね。いつも祖母からの愛を感じる時は「お手伝い」「話を聞く」っていう「条件付き」だったもんね。)

あと、本当は、もうすでに手に入っている結果(自分らしく生きているだけで価値があるという存在価値)があるのに、「いや、これは偽物だ!」「まだ手に入っていない!」って握りしめてるよね。

いい加減、気づけよ。もう手に入ってるよ、生まれた瞬間から。

あとはその上で、シンプルに、やりたいかやりたくないかでいいのにね。

@makicome1986
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