細胞が震える

makicome1986
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公開:2026/7/6

最近は全体と分離がテーマのフェーズみたい。

下の子が汗をかいたので、上の子が持っていたタオルを「貸して」と言って、貸してもらった。

で、そのとき、わたしは上の子に「ありがとう」と言えなかった。

とっさに「しまった」と思ったけど、

次の瞬間、下の子が

「ありがとう」

と言葉を発した。

その瞬間、細胞が、魂が、喜びに震えた感覚になった。

「満たされた」と感じた。

たぶん、この感覚は、わたしだけじゃなく、上の子にも発生したと思う。

「ありがとう」という言葉を発したのは下の子一人だけ。

だけど、その場の二人が満たされた。

これが「全体の感覚」なんだなと確信した。

分離の世界だと、

Aさんが与えたものをBさんが受け取ったら、BさんはAさんに対して「ありがとう」と「言ったほうがいい」世界だ。取引だから。

でも全体の世界だと、

Aさんが与えたものをBさんが受け取っても、BさんはAさんに対して「ありがとう」と「言っても言わなくてもどちらでもいい」。

いつの間にか、結果的に、AさんもBさんも満たされる体験が生じる。

なぜならわたしたちはAさんでもあり、Bさんでもあり、みんなでひとつの大きな生命エネルギー体だから。

海に一雫落ちたら、その波紋は必ず海に伝わる。

(波紋の大きさでどこまで届くかは変わってくるけど。)

これと同じで、みんなでひとつの大きな生命エネルギー体のどこかで「ありがとう」が生じたら、大きな生命エネルギー体全体にも伝わるのだ。

ちょっと違うパターンの体験もあった。

朝起きたら、台所に保冷剤が放置されていた。

この保冷剤は、わたしの母が食べ物を分け与えてくれた際に入れてくれたもの。

わたしは母の「愛の結果」をないがしろにしている旦那に腹が立った。

でもふと、「旦那という存在を経由しただけ」という感覚になった。

つまり、母の愛は、旦那を経由して、わたしにしっかり届いた。

そう考えると、「わざわざ旦那が母に愛を返そうとしなくてもいいな」と思えたのだ。

わたしは、母の愛を感じられた。それでいいじゃないか。

そして、この愛は、栄養となり、わたしの家族の生命となる。わたしたちが元気に生きていられることこそが、母の喜びで、わたしたちからの「ありがとう」でもあるよな。と。

「細胞が震えた人が存在する」

その事実だけで、十分に周囲に影響を与えているのだ。

愛は、あったし、また、生まれた。

今、こうやってこの記事を書けているということは、わたしは生きているわけで。

生きているということは「生かさせてくれた」人々の行為の積み重ねなわけで。(生みの親、育ての親、その親を存在させた親たち・・・)

愛は、気づいていないだけで、そこかしこに存在していて、

さらに常に生まれ続けている。

だから枯渇することも、なくなることも決してない。

@makicome1986
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