この記事は推しコンプレゼン Advent Calendar 2023の25日目の記事です。
※音楽評の性質上、引用元を明示した上で必要最低限の歌詞を記載している箇所があります。
※各アーティストの敬称略。
----------
もう一度KANに会うために、「KANのChristmas Song」を聴きながらクリスマスにこの記事を書く。
君にもう一度会えるのならば それはきっと素敵なChristmas time
----------
2023年11月17日 11時03分、仕事の休憩中にNHKニュースのHPをぼんやり眺めていたら、偶然に速報が入った。
シンガーソングライター・KANの訃報。
「嘘やろ」と思わず声が出た。がんが見つかったことは半年ほど前のニュースで知ってはいたが、あまりにもあっさりとした公表だったため、なんとなく大丈夫だろうという気がしていた。これを書いている今も、いつのまにかひょっこり戻ってきてFMラジオでダジャレでも言って、いつもの「では、股」で締めているような気がしてならない。
Mastodonのホームタイムラインを開けば、同じように衝撃を受けている人々の投稿が流れてくる。そしてKANが話題になると必ず発生する「あれ」が今回も見受けられる。
「愛は勝つ」を挙げるライトファンと、「愛は勝つ」の話ばっかりすんなと言わんばかりに各自のお気に入り曲を挙げ始めるガチ勢がワンセットでわくのだ。あまりにも過去に何度も見すぎた風景が今回も再現されている。
そろそろKANというソングライターがどのような曲作りをしてきたのかを人目に付く場所に置いておきたい。KANの曲作りの紹介として、私の気持ちの整理として、年の終わりにこの文章をまとめようと思う。
ピアノ、洋楽、ロック、ディスコ
KANの音楽は、彼が幼少期から弾いてきたピアノと、主に彼が聴いて育った70年代~80年代の洋楽で構成されている。ロック、ジャズ、ディスコなどジャンルは様々。アーティストでは、ビートルズ(ソロ時代のポール・マッカートニーやジョン・レノン含む)、ビリー・ジョエル、スティービー・ワンダーなどの影響が強く、好きなアーティストを独自研究したうえで取り入れ、時にはパロディ的な曲を仕立て、また時にはそのまんま引用したりしながら曲を作り上げるスタイルだ。たとえば以下のような手法である。
アーティストの雰囲気を曲全体で表現
♪「愛は勝つ」と「Uptown Girl」
言わずと知れた大ヒット曲。こちらはビリー・ジョエルの「Uptown Girl」をイメージして作られた曲だ。
比較すると「あー、なんかわかる」くらいの度合いで雰囲気が似ている。ビリー・ジョエルが元気な曲を作ったらこんな感じになる、みたいな印象だ。
もっと直球に似せに行ってる曲だと「ポカポカの日曜日がいちばん寂しい」という曲が、そのまんまサイモン&ガーファンクルだったりする。
歌詞にポール・サイモンの名前まで出る。作った本人が「これサイモン&ガーファンクルですよ」と大声で言っているのだ。
ワンポイント引用
1曲まるごと特定のアーティストに寄せる曲もあるが、一瞬だけ一部を引用している曲もある。
♪「まゆみ」と「Magical Mystery Tour」
例えばこちらも大ヒットした「まゆみ」の間奏、2:54あたりからの部分は、
ビートルズ「Magical Mystery Tour」のイントロ部分そのまま引用。これはつい最近まで全く気付かなくて、この記事を書くために調べてるうちに行きついて「あっ」となった。こういう発見があるのもKANの楽曲の楽しみ方のひとつである。
そして1曲に引用されているアーティストが1人ないし1組だけとも限らないのだ。
裏メロで引用
♪「ポップミュージック」と「Gimme! Gimme! Gimme!」
「ポップミュージック」全体は80年代ディスコ調、「pop pop pop」の部分はMの「Pop Muzik」からの引用だろう。
が、裏メロに聴き慣れたメロディラインが聴こえる。あれなんだっけ。テーテレレッテレテレレレレーのやつ。思い出せない……。そう……あれだ!!!
ABBAの「Gimme! Gimme! Gimme!」が出るまで2週間かかった。もおおお。
原曲そのまま使う
もっと極端な例だと、「表参道」は原曲そのまんまだ。
♪「表参道」と「All You Need Is Love」と「オー・シャンゼリゼ」
ビートルズ「All You Need Is Love」とシャンソン曲「オー・シャンゼリゼ」そのまま混ぜっぱなし。こんなんやっていいんだ……。でもこの2曲をこんなにしっくりくる形で混ぜ合わせた人今までいないし……。
Jロック・Jポップも取り込む
活動の初期には邦楽の影響のほとんどなかったKANの音楽だが、90年代後半に入り他のアーティストとの交流が増えていった時期から、仲のいいアーティストや尊敬するロッカーを独自研究して「このアーティストが作ったらこうなる」という風のパロディ曲をいくつか発表している。
♪槇原敬之→「車は走る」
イントロからあまりにも槇原敬之ご本人である。メロディだけでなく歌詞や歌い方まで寄せていて笑う。なお槇原敬之とKANはFMラジオ番組「MUSIC GUMBO SUNDAY」で週交代でDJを担当していた時期がある。
♪岡村靖幸→「おしえておくれ」
冒頭の「♪すごいすきィ↑」がめっちゃ岡村ちゃん。ご本人曰く「このメロディラインで作るとこういう歌い方になってしまう」らしい。
♪浜田省吾→「エンドレス」
ハマショー大好きな友人のために作った曲。ライブではハマショーのコスプレで歌っていた。
♪Perfume→「REGIKOSTAR~レジ子スターの刺激~」
KANがPerfume大ファンなのはファンの間では有名な話。ぜんぜん方向性が違いそうなアーティストも好きなら取り入れてしまうのだ。
歌詞もおもしろいんだよ
KANの作曲工程は、先に曲を作ってだいたいのアレンジまで済ませて、メロディにあった歌詞を最後にのせていくという手順で作られる。気に入った歌詞ができるまでかなり時間がかかるらしいが、完成した歌詞は物語性・メッセージ性が強く、またメロディにのせたときに発音しやすいものになっており非常にクオリティが高い。以降は歌詞もおすすめの曲を挙げていく。
♪桜ナイトフィーバー
花の季節に勝手に浮かれる人間にげんなりする桜の心情を歌った、桜が主役のディスコ曲。ストック・エイトキン・ウォーターマン(Stock Aitken Waterman)の80年代ユーロビートをベースとし、裏メロにシルヴェッティの「Spring Rain」ぽい部分があったり、最後の方にマギー司郎風のイントネーションで「だけど、涙が出ちゃうのよ」というフレーズが出てきたり、隅々まで隙あらばネタが詰め込まれている。
なお「桜ナイトフィーバー」は同事務所のこぶしファクトリーがカバーしているバージョンもあり、こちらはダンス☆マンの編曲によってアイドル曲らしい元気なアレンジになっている。かわいい。
♪東京ライフ
こちらは初期の名曲。発表当時のアレンジよりピアノ弾き語りバージョンがよりしんみりしておすすめ。地方から都会に出てきた人が聴くと歌詞の内容に涙ぐんでしまうだろう。
♪MAN
ジョン・レノン「WOMAN」の対比としての「MAN」。曲全体もジョン・レノンのイメージだが、歌詞も「WOMAN」の対を意識して書かれている。
♪永遠
KANのプロポーズ曲といえば「プロポーズ」の方がヒットしているのだが、ファンは「永遠」を挙げる人が多い。まずは歌詞を見てほしい。無理は通さないが諦めることもない。こんな歌詞を書けるのはKANしかいないだろう。
♪Happy Time Happy Song
でもどっち道 憂う背中を3000円で押す役目です
こんな歌詞どうやったら思いつくんだ……。なお途中ちょっとCHAGE&ASKAっぽい部分があったり、「All You Need Is Love」の「♪ラーブラーブラーブ」のメロディが入っていたりする。
♪Song of Love ー君こそ我が行くべき人生ー
珍しく1曲まるごと英語歌詞。シンプルなピアノから始まり、だんだんとコーラスが加わって分厚い音になっていく、Loveを歌い上げる壮大な曲。
♪Songwriter
最後は「Songwriter」を聴いてほしい。
I'm a songrwriter ピアノを叩き 繰り返す表現のみが唯一存在の意義です
引用元:Songwriter
そのものズバリ「ソングライター」の曲。ビリー・ジョエルを思わせるピアノとメロディとコード進行、歌詞に込められた曲を生み出すときの心情。KANの音楽作りはこの1曲に凝縮されている。
個性とは土と水と時間である
KANは「元ネタ」をはっきり示しながら自身の独自性を作り上げるアーティストである。それは好きなものを研究し尽くし、取り入れて表現するというKANの徹底した姿勢があってこそ生まれるスタイルだ。
元ネタのないオリジナリティは存在しない。表現者が生まれてこのかた触れてきた物事、生い立ち、吸収した知識、住んだ土地、訪れた場所、時間、それらすべてのミクスチャーとして「個性」が芽生える。ゆえに、個性は表現者が生きて動いているかぎり「個」そのものが「オリジナル」として確立し得るのだ。
与えられた土と水、そして育ってきた時間の結果として個性は生まれる。それを教えてくれたアーティストはKANだった。この人が送り出した曲たちと共に、また明日から電車に乗り込んで、私は自分の「個」を作っていくだろう。
私が生きている時間に、あなたの音楽があってよかった。
では、股。
-------
※KANおすすめ曲一覧作成しました。配信がまだない曲も多いのでタイトルのみではありますがご参考ください。