この記事は推しコンプレゼン Advent Calendar 2023の18日目の記事です。
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「兵庫県の中にある大阪」こと尼崎市の北半分、ちょうど真ん中あたりにある阪急塚口駅。この小さな駅から歩いて30秒ほどの場所に、自ら「場末の映画館」を名乗る開館70年の古い映画館が、けやき並木の中にたたずんでいる。関西の映画館好きのあいだで定期的に話題にのぼる塚口サンサン劇場である。
元尼崎市民としては、まさか塚口サンサン劇場が今のように全国に名の知れる映画館になるとは全く予想できなかった。どこにでもある小さな映画館が現在の個性バキバキの姿になるまでの大まかな経緯はWikipediaに書いてあるからそちらをご覧いただきたい。ここでは塚口サンサン劇場の現在の特徴に焦点を当てて紹介し、この個性的な映画館ならではの楽しみ方を概説する。
塚口の個性
①「二番館」を活かした自由な上映
もともと塚口サンサン劇場はロードショー上映を中心に営業していたのだが、2011年ころから封切館で上映したあと時期をずらして再上映する「二番館」の機能を強化し始めた。このおかげで、シネコンなどでの鑑賞機会を逃した作品も塚サンで再び観られるという、映画を映画館で観たいファンにとってありがたい上映館となった。
二番館として少し時期の遅れた作品を上映するようになった塚口サンサン劇場は、さらに過去の映画も取り扱うようになった。現在では懐かしの名画のリバイバル上映から後述する35mmフィルム上映まで、あらゆる映画が様々な形態で上映され、最新作の封切に合わせて過去のシリーズ作品を上映するなど、映画をより楽しむためのプログラムが組まれるようになっている。例えば下記のような組み合わせである。
②映画好きによる布教ラインナップ
これはつい最近の例。「トンソン荘事件の記録」「リゾートバイト」「コワすぎ!」のホラー3本立てを同時期に1週間限定で上映していた。この3作は同じスクリーンで時間をずらして上映されているので、「トンソン荘事件の記録」→「リゾートバイト」→「コワすぎ!」の3本をスムーズに鑑賞できる。ホラー好きならこの組み合わせで観られるといいよね、というのを映画館側が設定してくれるのだ。
過去には三池崇史監督「初恋」の同時上映として同監督の「スキヤキウエスタン・ジャンゴ」を連続上映したり、「少女☆歌劇 レヴュースタァライト」の関連作品として「ピストルオペラ」を上映したりと、選定作品が的確かつやたら渋い。映画好きが映画をもっと好きになってもらうために、いや、観客をより深い沼に沈めるために作品を選んでいるのがひしひしと伝わってくる。
③場末の爆音・塚口音響
いつでもどこでも映画を観られる昨今、映画館でなければ味わえないものといえば大画面と音響だ。塚口サンサン劇場は特に音響に力を注いでいる映画館である。
塚口サンサン劇場はシネコンに比べると各シアター共にさほど大きくはないが、音響設備はオーバースペックともいえるほど強力なものが導入されている。通常上映でも十分な音質で鑑賞できるが、重低音ウーファーによる繊細かつ迫力のある音響を伴う「特別音響上映」は鼓膜がビリビリと振動する衝撃を味わえる。単純に音を大きくしただけではなく音響スタッフの手作業により細かな調整がなされているため、音量の大きさと解像度の高さを両立した最高音質で映画が楽しめるのだ。
④塚口名物「マサラ上映」
塚口サンサン劇場ならではの催しといえばやはりマサラ上映だろう。マサラ上映とは、声出しや手拍子などが可能な発生可能上映の一種で、インド映画や音楽映画などで実施されることが多い。塚口に於いては、特に好評だったマサラ上映に「塚口ウェンブリー(ボヘミアンラプソディ)」、「塚口マヒシュマティ(バーフバリ)」など作品別の愛称がついている。
マサラ上映のスタイルは作品ごとに異なっており、「ブルースブラザーズ」では登場人物の衣装に合わせて黒スーツに帽子のスタイルが推奨され、「ヴァチカンのエクソシスト」ではラテン語以外禁止の上ドレスコードとして赤い靴下が求められた。また、「ゴーストバスターズ」では掃除機を背負ってきてOKの許可が出され、上映中はシアター前で預かるなどの配慮がなされたらしい。
⑤珍しい企画上映
全国で2館のみ各1日限定で上映された「バーブ&スター ヴィスタ・デル・マールへ行く」や「ライトハウス吹替版上映」など、ちょっと珍しめの企画が塚口サンサン劇場で開催されることがある。他の上映館は多いが「ミッドサマー」ディレクターズカット版の夏至限定上映や、オペレーション・フォーチュン封切に合わせた「ロック、ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ」上映なども行っている。
⑥35mmフィルム上映可能
塚口サンサン劇場は全国的にも珍しい35mmフィルムの上映設備を持ち、現在も積極的にフィルム上映を行っている。過去には「電人ザボーガー」をはじめ「魔界転生」「ピストルオペラ」ほか多数、2023年は「スワロウテイル」「下妻物語」「映画ちびまる子ちゃん わたしの好きな歌」などが35mmフィルムで上映された。
⑦日本一トイレがきれいな映画館
映画館に行くと1~2回は必ずお世話になる設備がトイレ。塚口サンサン劇場は、映画館と切っても切れない関係にあるトイレの整備に非常に力を入れている。清潔なのはもちろん、この規模の映画館では珍しくスクリーンから歩いてすぐの場所にあるのがありがたい。トイレが便利な塚口の環境に慣れてしまうと、他のミニシアターなどでトイレ求めて同フロアの端まで移動しているときに「塚口に帰りたい」と嘆くようになる。
⑧ドリンクがふつうの自販機
地味だが非常に助かるのが、飲み物をペットボトルで持ち込める点だ。シネコンにありがちな紙コップに氷がドサッと入るドリンク類は、観ている間に薄まる上に席まで運ぶあいだ傾けないように注意を払う必要がある。だがペットボトルならフタを閉めてしまえばカバンにつっこんでトイレに入ることもできる。他の映画館でもペットボトルで飲み物を提供してほしい。
シアター案内
塚口サンサン劇場は1階に1つ・地下2階に3つの計4スクリーンを擁し、それぞれの特色を活かして上映作品を割り振っている。ここでは各スクリーンの特色をご紹介する。
★4番シアター
155席。唯一1階にあるスクリーン。音響が自慢の塚口サンサン劇場に於いてもトップの音響設備を常設している。音で衝撃を得るタイプの映画や音楽映画などを中心に上映されることが多く、マサラ上映もこのスクリーンで行われることが多い。塚口サンサン劇場に初めて行く方で、何を観るか特に決めていない場合はぜひ4番シアター上映作品の中でも「特別音響上映」の記載があるものを選んでいただきたい。塚口サンサン劇場がどういう映画館かを知るにはいちばん近道だと思われる。
★3番シアター
165席。塚口サンサン劇場最大のスクリーン。画面の大きさと客席の多さは塚サントップ。4番シアターほどではないが十分な良音響で鑑賞できる。映写機はここに設置されているので、35mmフィルム上映がある場合は3番シアターが使用される。
★2番シアター
117席。客席は少なめだが、コンパクトな室内に対し「そんなに!?」と驚くほどの音響設備を備えており、サブウーファーによる重低音重視のソリッドな音響が魅力。4番シアターの繊細な音表現に比べ、腹に響くタイプの重低音が自慢。ロックコンサート作品や、作中曲にロック・ポップ系の曲が多い作品との相性が良く、それらの作品の「特別音響上映」も行われる。1番シアターにいると、たまに隣の2番シアターの轟音が聴こえてきて笑うことがある。
★1番シアター
47席。塚サンの中にあるミニシアター。音響は他のスクリーンに比べておとなしめに調整されているが、コンパクトなつくりゆえに画面に集中でき、その独特の狭さと雰囲気を好むファンも多い。ミニシアター系の作品が多く上映される。このスクリーンがあるおかげで珍しい作品の上映を取りこぼさずに済むため、実は塚サンの過密な上映スケジュールを下支えする重要な役割がある。
塚サンの弱点
このように異様にキャラの立った塚口サンサン劇場だが、その特色ゆえの弱点もある。
★上映期間が短い
4つのスクリーンで年間400作品以上を回し、なおかつロングラン上映作品を抱えている都合上、各作品の上映期間は通常1~2週間が限度である。観たい作品が忙しい時期に被ってしまうとうっかり見逃してしまうことも多い。また上映時間も限られるため、お気に入り作品が1週間限定かつ1日1回どうしても塚サンに足を運べない時間帯で上映という悪条件がそろってしまうと泣く泣くあきらめることになる。
★話題作でも上映されないことがある
人気のある作品や話題になった作品であっても「塚サン向きではない」という理由で上映されない場合がある。代表的な例では過去にはピーターラビット、最近ではバービーの上映が見送られている。塚口に観に行けばいいやと安心して待っていたら上映されなかったという例は他にも数知れない。どうしても観逃したくない映画はムビチケ買って他所のシネコン等で観るのが安全だろう。
★4K上映未対応
4Kリマスター版の上映予告のすみっこに「※本館は2K上映です」と添えられているのはもはや名物。あまり気にしたことないです。今後も音響に全振りしてください。
★バリアフリーに難あり
おそらく塚口サンサン劇場最大の泣きどころが「建物自体が古い」ことに伴う改修のしにくさにあり、中でも顕著に影響が出ているのがバリアフリー化である。
地下2階にある1~3番シアターに行くには階段を2階分歩いて降りることになるのだが、特に地下1階→地下2階に降りる階段は急傾斜かつ滑りやすく、健常者でも足を滑らせることがある。車いすの場合は塚口さんさんタウンのエレベーターで地下1階に降り、地下2階へはスタッフの介助で……ってどう考えても客もスタッフも危険だからやめた方がいい。各シアターにはバリアフリー席が確保されてはいるものの、建物自体の改修がなされないかぎりは車いす生活になったら塚サンを諦めるしかないだろう。塚サンは好きだが、このあたりは本気でなんとかしてほしい。私もいつ何があって階段の上り下りができなくなるか知れないのだ。
映画館はアトラクションだ
映画というコンテンツ自体は活況を呈してはいるものの、映画館の興業は年々下降している。配信でいつでも何でも観られる時代に、限られた作品をわざわざ出かけて高いカネを出してまで観る人は減る一方だ。
では、なぜ映画館に行くのか。人によって目的は異なるだろう。自宅の壁より広いスクリーン、住宅地でやれば確実に苦情が来る大音響、座り心地のいい椅子、集中できる環境、みんなで一緒に声を出して観るマサラ上映。映画館でしか手に入らないものがあるなら、映画館で観る映画は限りなく「体験」になる。塚口サンサン劇場はそういった「映画館でしかできないこと」に全力で振ったアトラクション型の映画館だ。
行けば映画が好きになる。塚口サンサン劇場はそういう映画館である。映画好きのおたくの早口を聴くくらいの気持ちで足を運んでいただければ、いちファンとしてもこれほど喜ばしいことはない。