性行為をするようにドラムを叩く人

manabeat
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公開:2024/12/3

 その昔、あるライブハウスへ行き、あるバンドの演奏を聴いた。友人の関係で誘われて行っただけで、案の定あまり好みの音楽ではなかったので詳細は伏せるが、そこでドラムを叩いていた人の姿がとても印象に残っていた。なんというかまあその、見た目もプレイもとても野蛮で、怖い。本人は楽しそうにやっているだけなのかもしれないけど、ちょっとそこに自分は乗っていけない。こういう人と上手くやっていくのは絶対に無理だと思ってしまった。

 サウンドがかなりポップなのにやたら音がデカくてノイジーだったせいもあると思うが、キマりきった目でドラムを叩き、虚空に向かって会話?している様子はまるで空気と性行為に及んでいるようで(ドラムを叩く行為をしているのだから"エア"ではないのだが…)、このくらい堂々と自分の世界に浸れるような人でなければ表現者としてやっていけないのだろう。

 それから10年以上の時が経った。やはり友人に誘われたライブハウスで、思いがけなくそのドラマーらしい人の演奏をまた見ることになった。そもそもその人の名前も憶えてもいないし、たぶん10年前に見たときとはバンドも違った気がするが、ドラマーは同じ人だった。とにかく風貌がすっかり落ち着いていた。かつての、「音楽をやめたら人でなくなってしまいそうないでたち」ではなく、「昼間は会社員をしているが、ときどきステージに立っています」というような感じだ。

 あんまりそういうことを考えたくなかったのだが、たぶんこの人は私と年齢はそんなに変わらないような気がした。この10年の間、なんとなく漫然と生活し、なにも変わらずここまで来てしまった自分と、昔はハチャメチャだったのかもしれないけど、どこかでスッと落ち着きを身につけ、今は社会性を保ちながら表現活動ができているドラマーの人。10年なんて、何もかもが変わってしまっていても全然おかしくない時間だ。そんなふうに、大昔のおぼろげな記憶が急に実体を持って目の前に現れ、厳しい現実を突きつけてくることがある。歳をとるって、そういうことでもあるのかと。

 ステージが盛り上がり始めると、ドラマーはその落ち着きのあるオーラを捨て去り、往年の勢いを思い出させてくれる激しさでドラムを叩き始めた。間違いなくあの時のあの人だと確信した。みんな歳だけは平等にとるものである。自分はちゃんと大人になれているだろうか。間違いなく「ちゃんとした大人」ではないと思うけど、ちゃんと大人ではいたいと思うのだ。この違い、あなたわかりますか。