「行ってきます!」
今日は木曜日。一限目は生物。だから今日ばかりは、二度寝も封印。制服に着替えて朝ご飯もちゃんと食べて、髪だっていつもより念入りにセットした。低い位置でのツインテール。これが一番わたしを可愛く見せてくれる髪型だ。あと、誰にも内緒だけど、今日はフリルが可愛い勝負下着を選んでる。
「あなた、木曜日だけ早起きね」なんて不思議そうにするお母さんを振り切って、ミサちゃんとの待ち合わせ場所へ。いつもは遅刻気味のわたしが迷惑をかけてるんだけど、今日ばっかりは、わたしの方がタッチの差で先に着く。
「相変わらず、木曜だけ早いなー」
わたしたちの家と高校までの中間地点。近所の公園の入り口前に、ミサちゃんが笑いながら歩いてくる。ポニーテールの似合う女子サッカー部のセンターバック。彼女はサバサバした性格で付き合いやすくて、ちょっと口が悪いところも気持ちがいい。
「まったく、高橋のどこがいいんだか」
「もう! 声が大きい!」
わたしはあわててミサちゃんの口をふさぐ。わたしが生物の高橋先生が好きだっていうのは、ふたりだけの秘密だ。
木曜一限の生物を担当する高橋先生は、今年からわたしたちの学校に赴任してきた。ひょろっと背が高くて髪の毛は天然パーマ、よれよれの白衣から推測するに独身。いつもにこにこしていて、みんなからは「何考えてるかわからない」って言われてる。授業のときも優しくて、なぜか先生の授業だけは、不良たちも大人しく話を聞いてる不思議な人。なんか先生を取り巻いてる空気って、ほんわかして居心地がいいんだ。わたしは、不良たちも大人しくさせる先生の不思議な魅力に夢中だった。
別に先生とどうこうなりたいってわけじゃない。アイドルにきゃあきゃあ言うみたいな、ちょっとした日々のお楽しみ。勝負下着をつけてきたからって、先生に見せるわけじゃない。
ミサちゃんにからかわれながらも、いつも通りの授業を受けて、何の変哲もない平和な一日。先生に会えるのも朝だけだなって思ってた。
楽しい木曜日は、毎回あっという間に下校時刻になる。帰り道が同じ友達はミサちゃんしかいないから、今日はひとり。ミサちゃんは部活だ。電車組の友人たちに手を振って、ひとりで校門を出ようとしたときだった。
(高橋先生だ!)
先生は、生物委員の担当だからか、よく校門の近くの花壇にいる。今日も花壇の手入れに出てきてたみたいだ。なんの個性もないわが校の花壇は、ベタにパンジーが植わってる。黄色と紫のパンジーに囲まれてしゃがんでいる先生の白衣のすそは、おもいっきり地面についてた。あーあ、きっとあのすそ、土がついちゃってるぞ。わたしは思わず声をかける。
「高橋先生!」
先生がふと顔をあげて、立ち上がる。瞬間、びゅうと、強い風が吹いた。わたしの髪とスカートが巻き上がる。あわててスカートを押さえて髪を整える。先生に見られるっていうのに、ぐちゃぐちゃの髪なんて嫌だ。視線の先では、先生の白衣もめくれてばたばたと舞っていた。その様子を見て、わたしはショックを受ける。もしかして、わたしのスカートも、あんな風に、思いっきり裏返ってた?
先生は、いつもと変わらないにこにこ笑顔だ。
見えたかな、見えなかったのかな。すごく不安になる。
先生の表情からは何も読めない。さすが、「何考えてるかわからない」高橋先生だ。
ああ、いやだな。今日のわたしのパンツ、なんだっけ。お母さんが買ってきた、小学生みたいな水玉の綿のやつだったらどうしよう。そこまで考えて、ふと気づいた。
今日のわたし、勝負下着じゃん! 先生の授業の日だからって、はりきって用意した、フリルが可愛い清楚な白。だったら、見られたっていいか。あれ? よくないのかな。
ぐるぐると悩むわたしに、先生がなんでもない感じで声をかけてきた。
「風が強いみたいだから、気を付けて帰ってね」
「……あ、は、はい!…………っ、さようなら!」
やっぱり恥ずかしい! わたしは思わずスカートのすそを押さえて、真っ赤になって駆けだした。
次の日、ミサちゃんが笑って教えてくれた。校庭から、わたしたちの様子が見えてたって。あの日の高橋先生は、わたしが走り去った後、ちょっと困ったように頭をかいてたらしい。
「何考えてるかわからない高橋でも、困ることがあるんだねぇ」なんて言うから、げんこつをお見舞いしておいた。
[お題] 二度寝、フリル、授業(ランダム三単語で一文)