二ホンは不思議な国だ。
火を信仰しているようで、ともかく何でも焼く。びっくりするほど、なんでも燃やす。畑も燃やすし、遺体だって燃やす。私の国では棺に納めた遺体をそのまま土に埋めるが、日本人は棺に入れたまま燃やす。肉体を燃やしたら、魂は天に昇ると考えられているようだ。
燃やすといえば、「お焚き上げ」もそうだ。私が二ホンを訪れたのはちょうど「正月明け」と言われる頃合い。徒歩とヒッチハイクで旅をした先でお世話になった、ある田舎町で経験した。
そこには無口な「じいちゃん」と人懐っこい「ばあちゃん」がいて、ばあちゃんが私を招いてくれた。子ども達が自立してしまって部屋が余っているからどうぞと、身元も分からない外国人の私を、暖かく迎えてくれた。
客用の布団を用意するというので、昼間なのにどういうことかと思うと、ばあちゃんは布団を日に干してパンパンと叩いていた。何をしているのだろうと、不思議に思ったが、夜になってその意味がわかった。布団は日光の香ばしい匂いがし、ふかふかだった。旅をする中で、野宿を余儀なくされることもあれば、清潔なシーツを使用できる日もあった。だが、この暖かさと柔らかさは、昼間に布団を干してくれたばあちゃんの気遣いとともに、私を優しく寝かしつけてくれるかのようだった。
「明日はどんど焼き、いっしょに行こうなぁ」
私の足元に何か温かい塊を入れながら――後から「ゆたんぽ」というものだと知った――ばあちゃんがにこにこと言った。どんど焼きが何なのかわからなかったが、明日の楽しみにした。私の少しの日本語と、ばあちゃんのなまりのある言葉では意思疎通は少々困難で、どんど焼きの説明を聞くのは難しかったのだ。
どんど焼きの日、ばあちゃんは外国語ができるという村役場の若者を紹介してくれた。それで私は、どんど焼きがなんなのか知ることができた。
「どんど焼きは、年神様を見送る火祭りです。お正月の飾りやしめ縄、書初め、去年のお守りなどを持ち寄って燃やす地域の行事なんです。僕らは、こういうものを燃やすときは『お焚き上げする』って言ってます。日本の各地で行われる行事ですが、地域でちょっとした違いもあって、この地域ではどんど焼きの火でお餅を焼くんですよ。神様の火で焼いたお餅を食べると、その一年は風邪をひかない、なんて言われています」
若者の説明がひと段落ついたところで、ばあちゃんがやってきて餅をすすめてくれた。
「どんど焼きの火で焼いた餅食ったら病気にならねぇから、ほれ、ガイジンサンも食え」
ばあちゃんには私の名前の発音は難しかったらしく、私は「ガイジンサン」と呼ばれていた。「ガイジンサン」とは「外からきた者」という意味だと若者は謝ってくれたが、呼び名は何でもよかった。ばあちゃんはとても親し気に優しく「ガイジンサン」と言っていたからだ。
一泊のお礼にじいちゃん、ばあちゃんの畑仕事を手伝って、もう一泊させてもらって翌朝旅立った。わずか二泊の交流だったが、私を自分の子供か孫のように世話焼くばあちゃんと、それを見守るじいちゃんとの穏やかな時間は、忘れられない想い出となった。
私が二ホン一周の旅をしている途中に、あの村役場の青年からメールが届いた。帰国したらじいちゃん、ばあちゃんにお礼を送りたいからと、彼と連絡先を交換していたのだ。外国とのやりとりは年老いた夫婦には大変だろうと、親切な彼が仲介役をかって出てくれた。
彼からばあちゃんが亡くなったと聞き、お葬式に参列させてもらった。とても不思議な光景だった。日本の葬儀の作法について全く知らない私は、お焼香の灰を見様見真似で口に入れようとして慌てて止められた。粗相もあったが、ばあちゃんの親戚はあたたかく迎えてくれた。なんでも、ばあちゃんがふらりとやってきた「ガイジンサン」の想い出話をよくしていたそうで、私のことも見知ったような気になっていてくれたという。
ばあちゃんの遺体はやはり燃やされた。棺に入れたままピザ窯のように赤く燃えた火の中へ。なぜだかわからないが、こみあげるものがあった。あの火の中で、ばあちゃんは「お骨」になる。あのしわくちゃの笑顔は、もう見られないのだ。
しばらく時間がかかるからと外に出される。ふと見上げると、火葬場の煙突から煙があがっていた。煙はまっすぐと天へ向かって伸びている。
ああ。天に昇るというのはそういうことか。私は、あの時のどんど焼きの火が空へと昇っていく様子を思い出しながら、ばあちゃんの天国への旅を見送った。
[お題]どんど焼き、布団、棺(ランダム三単語で一文)