竹林は、根暗な性格だと自覚している。無口であるし、人と話すのはあまり得意ではない。インドア派なので、休みの日はほとんど家にいる。読書が趣味で、図書館や書店に行けば一日過ごせる。
「竹林は、物静かで付き合いやすいよ。なんか落ち着く」
あけっぴろげな性格の草原はそう言って竹林を褒める。竹林の友人は少ないが、みな静寂を好む大人しい性格だ。草原だけが異質だった。草原には友人が多い。だが、みなつかず離れず、広く浅くの関係のようだった。そんな草原が唯一、いつでもべったりなのが竹林なのだ。
誰もが対照的な二人が友人であるのを不思議に思っていた。直接聞かれることも少なくはなかった「なんで二人、仲いいの?」。こっちが聞きたい、と竹林はいつも思っていた。草原は笑って「幼馴染なんだよ」と答えている。
幼馴染。確かに幼稚園が一緒だった。だが、それだけなのだ。きっかけがあるとしたら、それは、園のじゃがいも堀りの時だった。
「それではみなさん、一生懸命育ててきたじゃがいもを、掘り返してみましょうね」
幼稚園内の小さな畑で、園児たちでじゃがいもを育てた。植え付けからおよそ100日後、梅雨前の金曜日が収穫の日。
園児たちは思い思いの場所でスコップを持ち、目の前の土をせっせと堀った。
「わあ! こうたくんの、すごいね」
隣で芋を掘っていた女の子が声をあげる。周りが驚くほどに竹林が掘った株は立派な実をつけており、園児が持つには重いほどだった。竹林は恥ずかしくてうつむいた。芋の収穫の嬉しさより、目立つことの恥ずかしさが先だってしまった。幸いなことに、女の子の興味はすぐ他に移り、それ以上盛り上がることはなかった。
ほっとする竹林の向こうの畝では、園内でも人気者の草原が友達と隣り合って芋を掘っていた。なぜかその表情は真剣だ。芋堀りがそんなに重要なのだろうかと、竹林は不思議に思ってじっと彼を見ていた。
草原の選んだ株はさて、お世辞にもいいとは言えない状態だった。小ぶりのじゃがいもがぽろぽろとついてはいるが、たいそう貧相なものだった。草原は一瞬、目に見えてがっかりした様子だったが、隣の友人にはやし立てられると、すぐに笑顔になった。
「かけるの、ちっさい!」
「あはは、ほんとだ!」
竹林は、草原が一瞬見せた悲し気な表情が忘れられなかった。
「これ」
その日、竹林の親は迎えが遅れていた。同じく残っていたのは草原だった。「二人で遊んで待っていてね」と、保育士に言われた中、何もしゃべれないでもじもじする竹林に何かと話しかけてくる草原が少々うっとおしくもあり、竹林は思い切って切り出してみた。
「なーに?」
家に持ち帰るためにビニル袋に入れられたじゃがいも。竹林はそれを草原に押し付けた。
「ぼく、じゃがいもあんまり好きじゃないんだ。取り替えて」
「でも」
「家でいっぱいじゃがいも食べさせられたくない」
戸惑う草原に、竹林はぐいぐいと袋を押し付ける。草原は、きゅっと唇を結んで何かを耐えるような表情をした後、おずおずと自分の袋を差し出した。
「……ありがと」
受け取った草原は、どこかほっとした表情をしていた。
「翔!」
園の入口の方から声がする。それは大柄で、たくましい男の人だった。
「パパ!」
「遅くなってごめんな! 仕事が長引いちまって」
「だいじょうぶ!」
草原は嬉しそうに男の人に駆け寄る。大きなじゃがいもの入った袋を持って。
「お! 今日はじゃがいも掘りの日だったな。すごいな、翔! 大収穫だ! さすがパパの子!」
男の人は嬉しそうに草原を抱き上げると、あの重たい袋も軽々と持ってしまう。
「お友達にバイバイしような」
「バイバイ、こうたくん」
「バイバイ」
はにかんだような笑みをのこして、草原は帰っていった。
小さな芋ばかりの収穫を持ち帰った竹林はと言えば、「浩太らしい小さな芋ばっかりだ」と母親から笑われつつも、なんともいえない満足感を味わっていた。
それ以来、なぜか草原に懐かれてしまったのだ。
竹林に思い浮かぶきっかけと言ったらそれしかない。草原に聞いてみたい気もするが、何十年も前の礼を催促するようで嫌だったので聞いていない。だから竹林にとって、草原が自分を構う理由は、永遠の謎だ。
「じゃがいもの恩って、まさかね」
[お題]草原、竹林、じゃがいも(ランダム三単語で一文)