いくつかのハーブを調合し、水といっしょに鍋に入れ、沸騰させる。ちいさなミルクパンはハーブの色で深いマゼンタに。冷まして濾したものに、浸剤と砂糖、レモン汁を入れ、火にかけてよく混ぜる。ハチミツを入れると、マゼンタに黄金が混ざり、独特の色になる。弱火で焦げないように注意して混ぜる。粘土のようになったそれを、冷まして成型する。よく練って、マゼンタと黄金が混ざった棒を作り、切ってちいさな飴に仕上げていく。青特性の「のど飴」だ。
青の庭には様々なハーブが植わっている。ペパーミントにローズヒップ、ハイビスカスもある。バジルにレモングラス、カモミール。料理や紅茶には、庭から取ってきたハーブが活躍する。
土をいじっていると、何も考えなくて済む。ただ自然に触れて、大地の恵みを感じ、四季を味わう。それができるのは、青の小さな庭の特権だ。なにせ、この街にはもう大地と言えるものが少なくなった。コンクリートと鉄筋でできた街。人々は、せわしなく働き、空を見上げることも、草花の変化を楽しむこともなくなった。
「おはよう」
青の庭に、客が来る。いつもの青年だ。
今日も間に合ってよかった。彼には出来立てを渡したい。青は嬉しくなり、弾んだ声で彼を迎えた。
「おはようございます」
「今日もお願いできるかな」
「はい。今包むので、ちょっと待っていてくださいね」
青は先ほどできた飴を包む。蝋引きの紙袋にざらざらと落ちていく塊たち。こっそり余分に入れておく。青いリボンをかけて、完成だ。このリボンが、青の店の印。
「いつもありがとう。助かるよ。この飴がないと、のどがいがいがしちゃって、やってられない」
このあたりは、都会の中心部。特に空気の悪い一帯だ。敏感な人間には生きづらい。彼がどんな仕事をしているのかは知らないが、いつも同じ時間にやってきては、青のできたてののど飴を購入していく。路地裏の小さな庭を見つけたのは、昼休みの散歩のおかげだと笑っていた。そう、彼は時折ふらりと昼頃に現れては、青の庭で少しの時間を過ごす。庭を貸してもらう例だと言って、時折差し入れを持ってきて、一緒にお茶をしたりする。青にとっては幸せな時間だ。
彼は特別に気を感じやすい体質のようだ。都会には負のエネルギーが溜まりやすく、人の身体をむしばむ。青は庭の自然に守られているが、あの青年には庭がない。むき出しの身体にはここの気は強すぎる。のど飴を欲するのは、彼の身体が、庭の自然を取り入れたがっているからだ。「のどがいがいがする」と言っていたのは、単に空気のせいだけではない。
ピチピチピチ。庭の木にスズメたちが集まってくる。ここは動物たちにとっても、憩いの場だ。鳥や猫やトカゲやクモ、庭には様々な生き物がその身を休ませに来る。
「青は森に還らないの?」
肩に飛んできたスズメがそう問いかける。数は減ったが、スズメは比較的都会の気に強く、まだいくらかの家族たちがここに住んでいた。
「もう少し、ここにいるよ。お店を必要としてくれる人がいるし」
「あの男も、連れて行ってしまったらいいのに」
なんでもないことのように、スズメはさえずる。
「あのひとは、人間だもの、ここでの暮らしがあるんだわ」
「こんな場所に長くいたら、いずれ人間ではなくなるさ。そうなる前に、森に還してしまえばいい」
「そんなこと言わないで」
「どうしてさ。都会でただの思念になるのか、森の土になるのがいいのか、青ならわかるはずなのに」
スズメは唄うように青をそそのかす。
「いつもの飴に、ほんの少し、細工をするだけ」
「それで彼は、あなたのもの」
「森の肥やしはたくさんがいい」
いつのまにか集まってきた鳥たちが唄いだす。ぐるぐる、ぐるぐると青の周りを飛びながら。
「飴に、少し、細工をするだけ」
「きっと、だあれも、気づかない」
「人間は、土に還そう」
「青だって、彼がほしいでしょう」
「やめて! やめて! もう帰って!」
青は鳥たちを振り払うと、家に閉じこもった。
気を感じられるような繊細な人間を、森は欲しがる。純粋な魂は森の好物だ。鳥たちは森の味方。だから青をそそのかす。人間を土に還そう。森はきっとそれを喜ぶから。
明日も青年は、のど飴を買いに来るだろう。
いつもの飴に、少し、細工をするだけ。鳥たちの声が、青の耳の中でこだました。
[お題]のど飴、都会、青