ここは私の行きつけである。とはいっても、町の中華屋とか有名店というわけでなく、ただの格安チェーン店である。ここのきつねうどんは、これといった特徴はないが、だからこそ郷愁を誘う味がある。
さて私は近所のこの店に、日曜の気安さですっぴんジャージ姿のままやってきた。人と会わない日曜日。メイクどころか炊事もする気になれず、ここで昼食をとることにした。店内は出汁としょうゆのいいにおい。カウンター席が6つとテーブル席が4つでこじんまりとしており、満席ではないがまぁ込んでいる。
おじさんや家族連れがぽつぽつと座っている中、やけに目立つ席がある。犬の絵柄がプリントされた、だぼだぼのジャージを着たヤンキー二人組。私の隣である。普段は他の客など気にしないのだが、この二人の風貌と、やけに深刻そうな様子につい興味を持ってしまった。
一人は細身で坊主頭、似合わないサングラスをかけている。もう一人は金髪で、胸元にはチェーンのネックレス。まるで絵に描いたようなヤンキースタイルだ。しかし見かけの割に人が好さそうな二人は、机の上に置いた紙に目を落とし、深刻そうな顔をしている。アツアツのきつねうどんを脇にやって、目の前の問題に取り組んでいるようだ。
私は自分のきつねうどんをすすりながら、聞こえてくる彼らの会話に思わず引き込まれていった。
「暗号だ」
「あんごぉ?」
「今朝、彼女に渡された。浮気の詫びにこれ買ってこいって」
「おまえの、あの年増の彼女か」
「年増って言うな」
「で? 年増がなに欲しいって?」
金髪がメモを覗き込む。坊主頭の彼女は年上らしい。思いっきり机の上に広げてあるメモは、私の席からもばっちりのぞき見ができた。
『Chanel N°5』
「んん?……ち、ちゃー、チャンネル、ご?」
「お!そう読むのか。オレ、英語苦手でよぉ」
金髪は自信なさげに読んだのだが、坊主頭はぱっと顔を輝かせ、相手を尊敬のまなざしで見つめる。
アツアツの油揚げを口に入れようとした私の手が止まる。チャンネル、ご?
「ふん。このくらいなら俺だってわかるっつーの」
「チャンネルってことはテレビの何かか? 5チャンネルを観ればいいのか?」
「ばっか、テレビじゃねーよ。『5ちゃんねる』っつったら、アレだ。ネットのなんかだ」
「マジか。それって、スマホで見れるやつ? アプリじゃねぇよな」
「あー、俺も詳しくねぇけど、兄貴ならわかっかな。なんか、ネット詳しいし」
兄貴? 兄貴ってどっちの兄貴? 血縁? 舎弟?
「じゃあ、お前、兄貴に聞くべ? したら彼女のプレゼントもなにかわかっし」
「おー、そんじゃ兄貴に聞いてみる」
金髪がスマホをポチポチと叩いている。おそらく、メッセージアプリを使って兄貴とやらに連絡を取るのだろう。
私は一息ついて、やっと油揚げに取り掛かった。
「返事返ってきた」
「おっ! なんて」
「ggrks」
「はっ?」
「だってそう書いてあんよ」
「また暗号かよぉ」
「おいおい、なんで暗号流行ってんだよ」
私は口に入れたばかりの油揚げを吹き出しそうになった。
二人はずいぶんと上の世代たちに翻弄されているらしい。
[お題] シャネルのNo.5、きつねうどん、暗号(ランダム三単語で一文)