パスワードが思い出せず、深夜二時。
レポートの提出期限は今日の十時。私は下宿先の狭い部屋で頭を抱えていた。六畳のフローリングに、ベッドと机を置くのが精いっぱいって感じの、小さくて物の少ない空間。それなのに、なんだってうっかりパスワードのメモを失くすかな。私って、いつもそう。肝心なタイミングでミスをする。だってレポートは完成してる。あとはプリンターで印刷するだけだったのに。早めにできたからって、余裕ぶってたのがいけなかった? ぎりぎりまで印刷しなくていいやって放っておいたから、パスワードを忘れちゃったんだ。
試しに書き出したどれもしっくりこない。それらしいパスワードを入力しても、どれもヒットせず。これがただの文書ファイルのパスワードで、まだマシだったってところかな。スマホだったら、3回ミスったところでデータが消えたり、セキュリティロックがかかったりするから。
だんだん脳に糖分が足りなくなってきた気がする。ただ唸ってても仕方ないから、立ってキッチンに向かう。真夜中のおやつは良くないとわかっていても、今日ばかりは食べずにはいられない。買い置きのビスケットをもそもそと食べる。しまった。ビスケットのくずが机の上に落ちてる。ああ、いらいらするな。もっと糖分が欲しいかも。実家から送られてきたチョコレートの缶もあけちゃおうか。パスワードは、たしか英数字と記号で8文字。最後は面倒になって適当にシャープを入れたんだ。
パンッ、パシンッ。いつもの家鳴りだ。でも時間は深夜二時。心臓がどきどきしてきて、思わず叫ぶ。
「ねぇ、おばけ! あんた、パスワード知らない?」
当然おばけなんているわけない。けれどふと、肩の後ろのほうがぞわりとする。
「ああ! もう!」
怖がってる場合じゃない! 恐怖を振り払うために、肩のあたりをバシンと叩いた。おばけなんかにかまっていられない。こっちは単位がかかってるんだ。苛立つ指先を、何かがかすめた。今度こそおばけかもしれない。
ひゅっと、息を殺しながらおそるおそる振り向くと、フローリングの床にぼんやりと黄色いものが浮かんで見えた。
「あ! パスワード」
パスワードをメモした黄色い付箋が落ちている。それって、私の背中にくっついてたってこと? さっき肩を叩いた衝撃で落ちたんだ。じゃあ、あのぞわって感覚は付箋のせい? ……なんて、のんびり考えている暇はない。メモされた文字を急いで入力すると、文書ファイルは無事開けた。あとは印刷して、十時までに教授のところへ提出しに行けばオッケー。
ほっとした私は思わず叫んだ。深夜三時。
「サンキュー! おばけ!」
[お題] 真夜中のおやつ、肩の後ろの、パスワード(ランダム三単語で一文)